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新編武蔵風土記稿で、別府氏発祥の地?別府村を読むⅡ。

 いつもこのブログをご覧いただき、誠に有難うございます。

 今日は曇り空ですので、そんなに暑くはありません。梅雨明けは、いつかなあ?

 

 さて今回は、前回に引き続き、東別府村の第2回目です。前回は、別府村の

在地領主は別府氏だったのに、編者は別府氏を、全く尊重していないのでは

ないか?、という考えを述べさせて頂きましたが、皆さんは、どう思われるで

しょうかね? さてそれでは、今回の記述については、どうでしょうかね? 

今回は、右ページの最後部、香林寺からです。本文曰く「寺の宗派は曹洞宗で、

福衆山と号す。下奈良村の集福寺の末寺である。」のだそうです。下奈良村の

集福寺は、以前書かせて頂きましたね。本文続いて、「当寺は、別府小太郎清重

が、父別府義重入道追福(追善)のため、建立したので、開基者を別府義重

(清重の間違い)とする。法名:香林寺義重道薫居士と号する。」のだそうです。

つまり、平家物語の一の谷合戦(1184年)で活躍した、別府清重が建てた寺院で

ある、とのことですが、死去した年月は伝わっていないそうです。でもまあ多分、

鎌倉期1200年代頃のことですね、推定は可能です。その後、戦国期と江戸期の

寺領の紹介に続いて「開山僧要岩は、本寺集福寺の開山僧の第二世(弟子?子?)で、

弘治三年(1557年)9月16日に死去したと伝えられているので、開基者が別府清重だと言うのは、

年代が合わない?、」などと書いています。さて、編者のこの年代のズレの指摘は、いったい

どのように考えれば良いのでしょうか? 難しい?、そんなことありませんよ。だって編者自身が、

考えるヒントを提示してくれているじゃないですか! それは、この香林寺が、下奈良村の集福寺の

末寺だと、書いている点なんです。ですから、下奈良村の集福寺の記述に戻って、調べてみましょう。

そうすると、集福寺は、元々臨済宗の寺で、開山僧は園明国師(1298年死去)で、その後永正年間

(1504~1520年)に、桂室秀芳という僧が、曹洞宗に改めて開山(再開山)した!と、書いてある

ではありませんか。ちなみに開基者は、成田下総守親泰だそうですわ。

もうお分かりですよね? 香林寺も集福寺と同じく、再開山寺院なのですよ。ですから、宗派も変わって

いる訳です。本山である集福寺の開山も、1200年代ですから、双方の年代も合いますわねえ。つまり、

編者の言うような年代が合わないことはないのです。宗派が変わっても本山は変わらず、などと言う寺院

など存在しないのですよ。ですから曹洞宗の僧、桂室秀芳の弟子だか子の、要岩が、香林寺を再開山した、

のです。もちろん最初の香林寺の宗派が、集福寺と同様に、臨済宗であったかどうかは、不明ですけどね。 

ですから編者が、「もしくは、別府尾張守長清(戦国末期の別府氏当主)あたりが、自分の遠い先祖である

別府義重のために、香林寺を建立したのであれば、開山・開基の年代は合うだろう。」などと、述べている

事も、全然見当違いの推測になるのです。まともには考えていないことが良く判ります。更に曰く「しかし、

別府義重、清重の名は、平家物語や源平盛衰記に登場しているだけで、成田氏系図には、この二人の名前が

載っていないことは、疑問に思うべきだ!」だそうです。本末転倒の指摘ですね。この編者が、平家物語や

源平盛衰記の記述よりも、成田氏系図の記述の方を尊重していることが、良く判るのです。ちなみに、別府氏

一族の名前は、吾妻鏡にも、何度も登場していますよ。編者が知らないだけのことなのです。つまり、在地領主

である別府氏を、軽視しているのです。このような姿勢で、別府村を調査しているので、こんないいかげんな

記述になるのですよ。

同様に、成田氏系図の作者である成田長任も、別府氏を成田氏に繋げる時に、別府氏の存在を軽視しているので、

過去の文献等を良く調べないまま、成田氏系図内の別府氏系図を作ってしまったようですね。載っていない理由は、

別府義重・清重父子の名前を書き洩らしただけのこと、なのですよ。まあ更には、西別府村の別府甲斐守頼重も、

書き洩らしているんですけどねえ、、、ですから編者の、成田氏系図に記載が無いので、別府義重・清重父子の

存在自体を疑う、などと言う指摘は、まったく論外の指摘になる訳なのです。

 但し私は、成田氏系図や新編武蔵風土記稿の記述に対して、批判はしますが、全否定はしませんよ。もちろん

妄信もしませんよ。妄信や全否定・抹殺などは、歴史研究自体を否定することに繋がるからです。

 

 で、香林寺に続いての堂宇、他寺院紹介の部分は、重要ではないので割愛します。そして東別府村の最後は、

古城跡の記述なんですが、こちらは次回へ。

 

<香林寺への行き方>

 ①JR熊谷駅前より、国際十王交通バスで籠原駅行きに乗車、⇒別府第二公園入口バス停で下車。

 ②別府第二公園へ直進、⇒公園を過ぎて突き当りT字路を右折、⇒すぐ左折、直進、⇒2つ目のT字路地を右折、⇒左手に東別府神社

 の案内石碑を過ぎて直進。⇒200m先左手に、香林寺の案内石碑を左折、直進。