いつもこのブログをご覧いただき、誠に有難うございます。あと3日で、2月も終わりですね。
ウクライナ戦争開始から1年が経過し、このところ「人類の衰退」という括りで、枕を書かせて
頂いております。何故ならウクライナ戦争に代表される世界各地の戦争も、コロナの感染爆発も、
地球規模の気候変動も、先進国での少子高齢化問題も、全て人類の衰退という括りで、その流れを
捉えることが出来るように見えるからなのです。人類の滅亡ではありませんよ、あくまでも人類の
衰退という流れです。まあ人類が滅亡するとは思っていませんけどね。今後も、地位や姿・形を
変えて?、細々と地球上で、生き延びて行くのだろうと思いますよ。例えば、絶滅したとされる
恐竜だって、最近の説では、鳥類に姿を変えて生き延びているそうですからね。同じく絶滅した
マンモスだって、象として生き残っていますし、絶滅した日本オオカミだって、四国犬の一種と
して生き残っている訳です。ですから人類だって、多分、生き延びるのです。しかし人類の、地球
上生物の盟主?としての地位は、もしかすると微妙になるかも知れませんよ。猿の惑星になってしまう
かも知れませんね。え?、そんなこと起きる訳がない!ですって?、でもねえ、人類だって、生き残って
行くことだけでも精一杯な状況になったら、どうなっているか判りませんよ。あるいはもし、生き残って
行こうとする生への執着を、もし人類が無くしてしまったら、果たして人類はどうなってしまうのでしょうか?
最近、日本の海岸に頻繁に迷い込んでくるクジラや、砂浜に大量に打ち上げられるイワシの死骸を見ると、
何故か人類の未来の姿を示しているような気がしてならないのです。
さて、Wikipediaにおける三大編集方針の最後、独自研究は載せない、についてです。まあネット万民
向けの百科事典ですからねえ、いわゆるトンデモ理論などは、載せられないですよね。やはり広く受け入れ
られている説を、百科事典は載せるべきなのでしょうね。でもねえこの理屈、広く百科事典に載っている
項目についてなら、言えるかも知れませんが、百科事典に載っていない項目についての記事は、果たして
どうなのでしょうか? つまり、今までWikipedia に載っていなかった項目を、新たに記事を追加する
場合についてなんです。もっとも、Wikipedia には載っていないが、他の百科事典には広く載っている、
というような項目があれば、独自研究の検証は、可能かもしれませんけどね。しかし今までの百科事典に
載っていないような新規の項目については、そもそも類例がないので、ある意味記事全てが、独自研究に
なってしまうのです。こうなるとWikipedia には、新規の項目を追加出来ないことになってしまいますね。
とすると、奈良氏のWikipedia 記事は、新規の項目であるから、独自研究との指摘を受けているのですかねえ?
つまり、今まで奈良氏などという項目は無かったのだから、奈良氏とは独自研究である、と言う訳ですかね?
記事のどこの部分が、独自研究に該当するのか、指摘して頂きたいものだと思いますね。奈良氏についての
記事は、全て、過去の文献・史料からの引用紹介列挙です。私自身のオリジナルな説など存在しないのです。
まあ実は、記事の最後の文章で、ネット名字サイトでの奈良姓の地域分布を挙げて、奈良氏の歴史動向と
現在の奈良姓の地域分布には相関性がある、という一文を追加していたのですが、これは独自研究だろうな
と判断したので、削除させて頂きました。これ以外に、どこに独自研究があるのか、まったく判らない状況
です。もしかすると、奈良氏の存在、記事自体が、トンデモ理論だ、とでも言う理屈なのでしょうかねえ?
トンデモ理論と言えばWikipedia には、「青森のイエスキリストの墓」の記事もあるの、皆さんご存知ですか
ね? こちらの記事の方が、実はよっぽど、トンデモ理論じゃないか?と、私、思うのですがねえ、、、
(次々回へ)
※次回はこのブログ、都合により1回お休みにさせて頂きます。悪しからず、ご了承下さいませ。

コメントをお書きください