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Wikipediaへ、奈良氏を投稿してみました。Ⅳ

 いつもこのブログをご覧いただき、誠に有難うございます。 いつもの枕から少しばかり、

 

 ここ最近のマスコミ報道の話題は、ルフィやキムばかりですね。で、その少し前は、旧統一教会ばかりでした。そのもっと前は、コロナとウクライナでした。世間の関心の移り変わりは早いよう

です。でも我々、浮かれている間に、足元はかなりグラついていると、思われるのですがねえ、、

前回、日本の平均寿命は男性でも81歳を超えているのだから、65歳以上の老人層も、働ける内は、もっと働いてもらうべきだ、という意見を述べさせて頂きました。しかし実際には、ほとんどの

老人層が、既に働いているのですよね。だから、年金生活者の皆さんも、生活に余裕があるように

見える訳なんです。(そう見えるだけだと思いますがね。)年金生活者でも、働けなくなったら、

あっという間に老後生活は破綻してしまうのです。つまり問題は就労しているかどうか?、では

ないのです。国の社会制度が整っていない、という点が問題なのです。老人就労者は、当然ながら

非正規労働者です。一度引退していますし、雇用の調整弁になっている側面もありますので、非正規であること自体は、致し方ないのだろうと思います。しかし社会保険が欠落しているのですよ。

社会保険って、それじゃあ正社員(正規労働者)だろうですって?、そんなことはありませんよ。

非正規労働者であっても、社会保険に加入している人は大勢いらっしゃいます。例えば、大企業に

雇用されている非正規労働者は、多くが社会保険に加入しています。社会の意識が、非正規労働者

だから、社会保険は無くて当然?、と思い込んでいるだけなんです。多くの非正規労働者が働いて

いる中小企業においてでも、己の損得だけの経営方針を改めれば、社会保険加入は可能なのです。

ですから、若い層だけではなく、老人層も、非正規労働者全てに、社会保険を付与すべきなのです。

 

  さてようやく、Wikipediaへの奈良三郎の墓の写真掲載の顛末についての話しです。で、現在のWikipediaの

奈良氏の項目には、奈良三郎の墓の写真は掲載されておりません。しかしWikipedia内に写真を掲載するのは、

比較的簡単な作業なんです。そこで私も、奈良三郎の墓の写真を掲載しようと考えました。奈良氏の出自の文章

の中でも、奈良三郎の墓を紹介しているからですね。更に一応墓は、熊谷市の指定記念物・史跡ですからねえ。

と言う訳で私、熊谷市の熊谷デジタルミュージアムの奈良三郎の墓の写真をコピー転載しようと考えました。

結果、Wikipediaからは、写真掲載が拒絶されてしまいました。Wikipediaの規定上では不可なのですね。自身の

オリジナルの写真じゃないとダメ、という理由からだそうです。まあ著作権の問題なのでしょうね。仕方がない

側面もありますが、私どうにも腑に落ちない部分もあるのですよ。熊谷市が奈良三郎の墓を広く紹介するために、

デジタルミュージアムに掲載している写真は、著作権法に定める、転載してはいけない写真なのか?、という

点なのです。逆に熊谷市としては、奈良三郎の墓の写真転載紹介、大歓迎じゃあないか?と思うのですがねえ。

更に著作権法32条2項では、公的機関による広報資料の転載は、広く認められているんですよね。またデジタル

ミュージアムには、転載不可の表示もありません。そこで敢えて、熊谷市の奈良三郎墓の紹介写真を投稿して

みたのでした。まあ残念ながら、Wikipediaの規制システムからは拒絶されてしまった訳なんですが、法的には

問題ないハズなんですがねえ、、更に解せないのは、引用はOKな点なんです。つまり、Wikipediaの奈良三郎の墓

の箇所に、引用として熊谷市デジタルミュージアムの奈良三郎の墓のページにリンクを貼ることは許されている

のですよ。これって、写真を転載することと、実際は同じことのように思えるのですがねえ、、釈然としません。

と言う訳で、たかが写真1枚のことなのですが、Wikipediaの規制システムの不可思議さを感じた次第なのでした。

え?、奈良三郎の墓の写真は、もう掲載しないのか?ですかね、まあ実は、いつでも掲載は可能なんですけどね。

前回ブログの写真では掲載不可でしたが、今回ブログの写真であれば、掲載可能なハズなんです。解りますか?

何故なら、今回掲載の写真は、実際に私が数年前に撮影した自分の写真だからなんです。前回と今回、実は写真が

違うんですよねえ。(次回へ)