奈良姓の由来・歴史の調査手法について、Ⅵ

 元眼底メディカルで、奈良姓の由来や歴史について、書かせて頂いております。

毎度、このブログをご訪問頂き、誠に有難うございます。

以前の奈良姓の由来・歴史ブログを、加筆・再編して、掲載させて頂いております。

 

 <時候のコメントは、削除させて頂きました。>

 

 さて前回は、自身の氏姓の由来・歴史調査において、同姓人口分布の差異を見つける

ことも重要である、と言うことで、一例として「佐々木姓」の分布地図を掲載させて

頂きました。この図、地域ごとの差異・偏在が、よく表れていますよね? 

佐々木姓は、全国に70万ぐらいも存在し、名字ランキングでも13位と人数の多い氏姓

なのですが、分布図より、東北・北海道に多く分布し、西日本全体では何故か少なく、一部広島県・島根県だけに多いことが判明します。

この差異には、何らかの歴史的経緯・事実が隠されているハズなのです。

でも、実はこの分布図、同姓の人口数で表された分布図ではないのですよ。本当の人口数

の表示であれば、最も佐々木姓の人口数も多い、東京都や神奈川県が真っ赤になるハズです。

つまり絶対数分布表示では、どんな姓でも、東京・大阪や神奈川が多くなってしまうんです。

しかしこの地図は、そうなってはいませんね。実は県ごとの名字ランキング順位で 表示された

分布図だったのでした。つまりランクが上位であれば、より赤くなるという表示方法なん

ですね。差異がより明確に表示される方法なんです。さすが「名字由来net.」さん、エライ!

この表示方法により、地域ごとの偏在・差異が、より明確になったのでした。これにより、

どうして佐々木姓が、東北・北海道に多いのか?とか、西日本地域には少ない佐々木姓が、何故

島根・広島県にだけ多いのか?、などの疑問解明が、調査開始の突破口になって行くのです。

 

それで、佐々木姓の偏在についての私の推論なんですが、平安末期から鎌倉期にかけての氏姓の

発生期において武士は、獲得した所領を、自分達のものだと主張するために、その土地の名称を

自身の氏姓として名乗ったのでしたね? とすると、この時期に獲得した土地とは、皇室・公家や平氏方

の荘園であった可能性が高いのです。(源平合戦後とか承久の乱後です。)その地で本姓佐々木氏は、

その土地の名前を名乗る訳でして、つまり改名する訳なんです。改名せずにそのまま本姓を名乗った

のは、得た所領が誰の所領でもない?(少なくとも皇室や公家の荘園ではなかった)新開地であったから

なのです。ですから古くから貴族や平氏の荘園の発達していた西日本地域には、佐々木姓が少なくて、

東北・北海道(未開地?)地域には佐々木姓が多いと言う、歴史的背景になっている訳なんです。

でもしかし地図上では、ぽつんと離れて中国地方にだけ、何故か佐々木姓の偏在地域がありますよねえ?

これは一体どういうことなのでしょうかね? 

私この点については、承久の乱後に、出雲・隠岐に所領を得た、佐々木氏庶流に当たる出雲源氏系一族の

その後(末裔達)の影響が大きいと思われるのです。要は改名した氏族達の多くは、その後の戦で敗れて

所領は没収・家名は断絶しましたが、実はその地で農民に戻ってしまったのですよ。その際には、追及を

逃れるために、本姓である佐々木姓に姓を戻したのでした。当時の農民にも、実は姓はあったのですよ。

だってこの当時の農民は、時と場合によって、武士でも農民でもあったのですからねえ。

ですからこの地に、佐々木姓が数多く残ったのです。さてこの説、皆さんはどう思われますでしょうか?

 

で、皆さんの姓にも必ず、このような差異が存在しているハズですので、是非調査・活用してみて下さい。

但しこのような大きな地域の偏在は、有力氏族の民族移動的な、大きな歴史的流れは捉えられたとしても、

小さな歴史的変化については、捉えることが難しいかも知れません。そのためには、偏在を発見する地域を、

都道府県レベルだけではなく、より狭い市町村レベルにすることによって、小さな差異や偏在を見つけて、

歴史的史実を発見することが出来るようになります。私の調査事例では、江戸期の群馬県、前橋総社藩主の、

都留郡谷村藩主への国替え事例の発見だった訳なんです。この史実の発見により、山梨県の上野原市や

大月市にだけ、奈良姓が多い理由を、ある程度推測することが出来た訳なのでした。

もちろん、「名字由来net.」や「日本姓氏語源辞典」には、市町村レベルの細かい数字情報も掲載されて

います。(でも何故か両者で、微妙に数字違うんだなあ、、、)

と言う訳で、無料で活用出来る便利なネット調査手段は、何でも全て、活用すべきなのですよ。

ただし、これらのツールを活用して、県や市町村ごとに、同姓の多い少ないの情勢が判ったとしても、

無名の我々一般庶民では、自分のご先祖達と歴史的史実を見つけ出して、それを結び付けることは、実際は

至難の業なのであります。ではいったいどのように調査を進めて行けば良いのでしょうかね? (次回へ) 

 

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コメント: 1
  • #1

    奈良聡 (日曜日, 13 12月 2020 17:16)

    フェイスブックメッセンジャーにてコメント送信させて頂きました。是非ともみて頂けたらと思います。