元眼底メディカルで、奈良姓の由来や歴史の調査手法について、色々と書かせて頂いて
おります。毎度このブログをご訪問頂き、誠に有難うございます。
コロナ騒動が収まりませんねえ。政府(厚労省)や専門家、WHOの初動対応が間違っていた
からだと思われますが、最近になってようやく、空気感染の可能性も認め始めましたので、
対策強化により、日本での感染拡大は抑えられるのでは?と、期待する次第です。
で、こんなご時世の中で誠に恐縮なのですが、、、、
このブログテーマの付録として、奈良姓発祥の地と考えられる熊谷の探訪についてご紹介を
させて頂きます。全国に散らばる多くの奈良姓の皆さんに熊谷の地を訪れて頂き、限られた
痕跡・遺物ではありますが、奈良姓(奈良氏)発祥の故地を実体感して頂ければと思います。
埼玉県熊谷市へは、JR高崎線、上越新幹線などで行くことが出来ます。車ですと国道17号
(中山道)ですね。奈良姓の故地を体感するには、敢えて徒歩での奈良地区散策をお勧めします。
老化防止の健康にも良いですからね。ゆっくりと周りの景観を楽しむだけではなく、その地の
空気・匂いを感じながら歩くことによって、「奈良姓の故地」が、より実感されるんですよ。
と言う訳で、出発地は写真の熊谷駅北口からです。妻沼方面行きの朝日バスに乗り、約15分の
「中奈良」バス停で下車します。(料金:¥360) 遂に念願の、奈良姓発祥の地に到着です。
ここ周辺の地名には、東西南北全て、奈良の名が付くのですよ。(上奈良、下奈良、奈良新田、)
また下車した国道407号近辺は、大和王権による蝦夷征伐のための古代の官道「東山道」の一部
であった、と言われています。(五世紀頃の東国は、平定すべき蝦夷地だった!のですよ。)
それではまず最初に、下車したバス停を少し戻る形で、奈良神社へと歩いてみましょう。(徒歩10分)
バス停を少し戻ると、中奈良信号交差点に着きます。左手国道向いには、目印のラーメン三峰の看板が
見えます。この交差点を右に100mぐらい入りますと、右手方向に榎本酒店の看板が見えて来ます。
この榎本酒店の手前に、右に入る路地があり、奈良神社の第一鳥居が現れます。この鳥居から先が、
参道になるようですが、まあ単なる農道ですわね。田んぼの中をまっすぐ歩きますと、奈良神社の
第二鳥居に到着しますので、あとは一対の狛犬が迎える境内へまっしぐらです。まあそれほど大きな
神社ではありません。神社の扁額には、奈良神社ではなく奈良之神社とあります。この違いの意味、
判りますか? 私は、単に奈良の地にある鎮守という意味ではなく、奈良別命や奈良氏(奈良姓)の
神社であるのだ、という意味なのだと理解しています。
奈良の名前・地名発祥の由来となった神社ですからね、まずは記念撮影をしましょうかね?その後、
掲示してある神社のご由緒書きをじっくりと読みましょう。お祀りしている「奈良別命」について
理解し、この地が奈良の地になった由来を再確認します。でもまあ私としては、赴任した大和朝廷の
役人(軍人)が、下毛野(栃木)の地を平定した功績により、朝廷によって神様に祭り上げられたのだろう
と考えていますけれどね。(叙勲みたい?) ですから奈良神社は、式内社に列せられているんです。
でも、この奈良別命から、ここ奈良の地の地名が生まれ、武家奈良氏の姓も生まれているのですから、
やはり奈良の名の元祖は、奈良別命ということになるのでしょうね。
奈良神社の参拝が終わったら、同じ境内の長慶寺もお参りしましょう。元々ひとつだったのですからね。
私は奈良神社も長慶寺も、当時の奈良地区の支配者であった奈良氏一族が創建したのだと思っています。
しかしその後の武家奈良氏の衰退とともに、奈良氏創建の各寺社とも、名前・宗派も変わり、人々から
忘れ去られて行ったようです。で現在では、奈良地区のいずれの寺社も無人ですから、訪問の際は、
拝観料などを気にする必要はありませんですよ。
さて、奈良神社の参拝が終了したら、次の訪問地には二つの選択肢があります。奈良神社の祭神である
奈良別命に関心があれば、次は奈良別命の墓とされる、横塚山古墳へ向かうべきでしょうね。下車した
中奈良バス停へと戻り、そのままバスの進行方向へ徒歩10分、左道路沿いに横塚山古墳はあるのですが、
ぱっと見、道路脇の小丘にしか見えません。が一応、市史跡の看板もあり、5世紀末の前方後円墳である、
とのことです。奈良地区にある唯一の前方後円墳でもあるので、奈良氏一族によって、奈良別命の墓だ
との伝承が生まれたのだろうと思われます。5世紀末頃と言うことは、雄略天皇の治世頃ですよねえ。
ですから横塚山古墳の見学後、この時代の古墳群に興味が湧いたようであれば、やはり是非とも隣町の
行田市に向かい、同時代のさきたま古墳公園と、さきたま史跡博物館を、訪問・見学すべきでしょうね。
国宝である出土金錯銘鉄剣の銘文(雄略天皇のオワケの臣)を見れば、同じような立場であった?奈良別命
の存在リアリティが、一層深まるハズですよ。これぞ史跡観光の醍醐味です。
行き方はバスで熊谷駅へ戻り、JR高崎線5分で行田駅下車、駅前から市内循環バスで、さきたま古墳公園
下車です。かなり広い古墳群公園ですから、古墳全部を巡るとなると、かなりの時間がかかりますよ。
さきたま古墳群見学の後は、せっかく行田市に来たのですから、戻る循環バスで行田市役所前で下車、
徒歩5分の忍城郷土博物館も訪れるのが良いでしょう。戦国大名成田氏の家臣団一族であった奈良氏
の名前も発見することが出来ますよ。博物館の展示で奈良氏の名前を発見するのは嬉しいことです。
お腹がすいたら昼食(軽食)には、ご当地行田名物:フライとゼリーフライをお勧めします。
イメージと違い、皆さんきっとびっくりされることでしょうね。(何だこりゃあって?、、、)
但し、この見学旅程の場合、これだけでまる一日は、かかってしまうことはご覚悟して下さいませ。
一方奈良神社訪問後、奈良別命よりも武家奈良氏や奈良姓の発祥由来の方に興味が深い場合は、次の訪問地
として別の訪問選択肢があります。それは、武家である奈良氏発祥の故地を巡る行程なんです。(次回へ)

コメントをお書きください