奈良姓の歴史の調査手法についてⅪ‐②

 元眼底メディカルで、奈良姓の由来や歴史の調査手法について、色々と書かせて頂いて

おります。毎度このブログをご訪問頂き、誠に有難うございます。あっという間に日本中に

広がった新型コロナウィルスの拡散状況や社会の混乱ぶりを見ておりますと、人間の無知と

傲慢さを思い知らされている気がします。現代医学を信じることは重要ですが、その限界性

も痛感されます。未知のウィルスに対しては、実際制御不能なのですねえ。厚労省も医者も、

もっと謙虚になるべきでしょうね。空気感染を、どうして認めないんですかね?

 

さて前回より、皆さんのご先祖様調査のための、調査手法のまとめを掲載させて頂いており

ますが、前回は、1番と2番のご説明まででした。(以下の手法のまとめをご参照下さい。)

 

 「超簡単!ご先祖調査手法」のまとめ。

1、各自治体より、明治期まで遡る直系の戸籍簿を取り寄せる。(過去ブログをご参照。)

2、取り寄せた戸籍簿を元に、自身の家系図を整理・作成してみる。

  ⇒直系先祖の居住地、名前や続柄をはっきりさせる。⇒新たな発見が期待出来る。

3、平行して、自身の姓(名字)の由来・歴史を古代~江戸期まで、Web検索をしてみる。

  ⇒関連する地名・史跡・遺物等があれば、訪ねて調べてみる。

  ⇒文献資料があれば、読んでみる。⇒自身の先祖との関係を夢想してみる。

  ⇒結果、歴史的根拠の乏しい伝承だとしても、取り合えず信じて保管しておく。

4、同姓が多い県や地域(県・市町村レベルで)を、氏姓調べサイト等で調べてみる。

  ⇒何故同姓が、全国平均より多いのか、歴史的背景を調べてみる。 

  ⇒更にその地域での、同姓の有名人を調べ、自身との関連を探る。

  ⇒その同姓有名人にまつわる歴史的史跡・遺物等を見て回る。

  ⇒その有名人が、直系の先祖ではなくとも、自分の遠縁であると信じて夢想する。

5、調べた調査結果を、時代・地域ごとに整理し、一連の歴史を明治期まで繋げてみる。

  ⇒明治期から現代までは、既に自身の戸籍簿調査で繋がっているハズ。

  ⇒ それらの歴史を繋げて、古代から現代に連なる、自身の壮大な家系ストーリー(仮説)を夢想する。

  ⇒歴史的史実・文献・史跡・遺物等を、完成した家系ストーリー(仮説)を補強する材料として活用する。

  ⇒「仮説」は「確信」に変わるハズ。⇒ご先祖・家系ストーリーの完成へ。

 

で、1,2の準備が完了したところで、いよいよ3番目の「自身の姓の由来・歴史調査」へと、突入して行きます。

私の場合は、奈良姓の由来調査でした。もちろん手法は、Web検索が簡単・安価で、最も確実で重要です。

もはや郷土史家を訪ねたり、地元図書館で調べたりしなくても、かなりの情報収集が可能になったのですよ。

でも、自分の姓の由来を検索するだけで、大量の情報を入手することは可能なんですが、玉石混交ですわね。

またWeb検索をしていると、バラバラな断片情報が多数得られるのですが、断片だから、と言って捨ててしまう

のは危険です。断片情報は断片ごとに整理して保存しておくことをお勧めします。私の場合は、讃岐奈良氏関連の

情報でしたね。西国だし、Webで出て来る奈良氏の家紋も違いますし、細川京兆家ですし、「南海通記」の記載

だけでは、関東武士団であった奈良氏との関連性が、まったく見つけられなかったのでした。しかし怪しい断片

情報でも、捨てないで保存しておいたおかげで、後の文献資料「西讃府史」の発見により、東国武士団奈良氏との

関連性が本文から発見されたのでした。ですから得られた怪しい断片情報も、本当かどうかは良く判りませんが、

取り合えず保管しておくのです。そして別の、自分の姓に関連する地名・史跡・遺物等を調べる訳なんですが、

まるで異なる情報と、ある日突然、符号する可能性も多々あるのです。ですから新しい情報を入手した場合は、

保管してある断片情報と、絶えず都度照合してみることが重要になる訳なんです。

また自分の姓の由来調査に於いては、私の場合、奈良姓の地名の発見が大変重要でした。武家由来の姓の場合、

活躍した各地に?、その地名が残っている場合が多いのですよ。私の住む埼玉県にも、熊谷市とさいたま市に、

奈良の地名が残っておりましたので、ドライブがてら、訪ねてみることにしたのでした。訪問地を訪れる際は、

事前の地図調査が重要です。こうして私は、熊谷市内の奈良地区に、「奈良神社」を発見することが出来たの

です。もしこの神社を発見出来なければ、奈良の地名の由来となった「奈良別命」を知ることも出来なかった

だろうと思われます。(詳しくは、「奈良姓の由来・歴史は突然に」の過去ブログをご参照下さい。)

 その後、奈良姓にまつわる名も無い?神社が、ひとつ発見されますと、そこからは芋づる式に、奈良姓発祥の

文献やら史跡、「奈良三郎の墓」などの遺物等が、Web検索によって、次々と発見されたのでした。

そして古代から中世にかけてWeb検出された奈良姓ゆかりの検索結果が、全て熊谷市近郊に存在したのでした。

奈良県奈良市じゃあなかったのですよ。そこでこれはもう、熊谷市周辺を、奈良姓発祥の地と考えても良かろう、

と考えたのでした。

あとはもう、奈良別命を行田古墳群と結び付け、元祖奈良三郎の成田氏系図を補強材料に活用するなどして、

古代から中世にかけての、奈良姓についての壮大な歴史ストーリーを、都合よく夢想して行ったのでした。

この時運良く、秋田県の鹿角奈良氏についても、Web上で発見することが出来たのでした。この時発見した

鹿角奈良氏についての断片情報が、のちに私の直系先祖との関係を示してくれることに繋がりました。うまく辻褄を

合わせて行くことが大事なんです。奈良姓の発祥から以降については、何とかうまくまとめることが出来ましたよ。

しかし私の出身地は、発祥地熊谷市ではなく北海道な訳です。奈良姓は現在、全国に散らばっている訳なんです。

そこで、奈良姓がどのようにして全国に散らばって行ったのかを調べて、自身のルーツに結び付けなければ

なりません。そのために次は、4番目の「同姓が多い県や地域(県・市町村レベルで)を、氏姓調べサイト等で

調べてみる。」が、次の重要な課題になるのでした。(次回へ)