奈良姓の歴史の調査手法について、Ⅶ

 元眼底メディカルで、奈良姓の由来や歴史の調査手法について、書かせて頂いております。

毎度このブログをご訪問頂き、誠に有難うございます。天気予報では雪の予想でしたが、雪は降りません

でしたね。やはり地球温暖化なのでしょうかねえ。

 

 さて前回は、自身のご先祖のルーツ探しで、自分の姓の由来・歴史を調べるやり方として、姓の由来

調べと並行して、同姓の人口分布を調べ、地域分布差を発見するところからスタートすべきであると、

書かせて頂きました。その地域の分布差異の発生原因に、歴史的動きや事件が関連している可能性が高い

からなのです。とは言え、姓の分布差異やそれに影響を与えた歴史的史実が分かったとしても、名も無い

自分のご先祖との関連性を導き出すことは、やはり難しいと思われます。そこで次に私が取った調査手法

が、同姓の分布密度が高い地域での、時代別同姓有名人の調査だったのでした。同姓の人数が多ければ、

同姓有名人が出現する確率も高くなりますからねえ。(これ、とても重要なんです。)

 

奈良姓の場合、全国平均のランク順位は、500位以下の名字なのですが、何故か秋田県と青森県にだけ、

異常に多い姓であることが分布図から判ります。また奈良という姓でありながら西日本では、ほとんどの

県で1000位以下のランク順位であるにも関わらず、何故か四国の香川県だけは380位ぐらいと、全国の

平均より高いランク順位であること、更には香川県内でも何故か西讃岐地域にだけ多い姓であることを発見

したのです。そこで私は、秋田、青森、香川に限定して、時代別に奈良姓の有名人を検索してみたのでした。

こうして秋田、奈良家で検索して出てきた有名人が、写真の「奈良磐松氏」だったのでした。名前が特定され

れば、有名人ですから芋づる式に色々判って来るのです。もっとも、秋田・奈良家のGoogle検索で、一番最初

に出て来るのは「旧奈良家住宅」なんですけどね。そこから「奈良磐松氏」に行き着いた訳です。(※詳しくは、

秋田奈良家の過去ブログをご参照下さい。) 同様に、秋田・鎌倉期・奈良氏で検索すると、結果の第一番目に

「鹿角四頭(鹿角由来記)」が表示されるのでした。この検索結果を更に辿って行くことにより、秋田・青森に

奈良姓が多い理由を、史実と共に解明することが出来たのでした。(※こちらも過去ブログをご参照下さい。)

更に、香川県・室町期・奈良氏で検索すれば、細川四天王とか香西氏が出て来て、そこから辿って行けば、

奈良元安」にも辿り着くのでした。この調査手法は大きな成果が期待出来ますので、皆さんも是非ご活用下さい。

同姓とは言え有名人の歴史ですから、Webでも詳しく調べることが可能なんです。まあ実際は、皆さんの直系の

ご先祖とは、直接繋がらないかも知れないのですがね、そこは自身の遠縁?の歴史として認識して、同姓の歴史を

現代にまで繋げていくことが重要なのです。歴史的有名人や有力者の系統は、その後も生き残っていく可能性も

高いからなのです。そして何より重要なのは、皆さん自身の系統も、何故か現代まで奇跡的に、生き残って来て

いる、と言う真実なのです。ですから同姓の有名人や有力者との繋がりは、あながち嘘だと決めつけることは

出来ないのですよ。むしろ可能性は高いのです。だから断絶せずに、現代まで生き残って来ているんですからね。

私の奈良姓の例で言えば、現在の西讃岐地方に残る細川京兆家四天王のひとり、聖通寺城城主奈良元安の末裔達

である奈良さんと、九戸政実の乱で敗れ、鹿角から津軽に逃れて、明治期にリンゴ農家になった奈良さんとは、

遥か大昔に枝分かれしたとは言え、実は遠い縁戚であることは、間違いのない歴史的事実なのですよ。

また同様に写真の「奈良磐松氏」だって、戦国末期に九戸政実の乱で敗れ、鹿角から津軽ではなく秋田に逃れた

末裔である可能性が高いのですから、やはり私にとっては、遠い遠い縁戚になるハズなのです。

ですから地域の歴史的有名人・有力者を検索調査することは、自身の姓の由来・歴史を補強する役割だけでなく、

自身の先祖に繋がる可能性を見つけるための、重要な調査手法になるのです。(次回へ)

 

 

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コメント: 2
  • #1

    奈良 (木曜日, 23 1月 2020 13:06)

    私も奈良です
    由来が気になっていたので、楽しく読ませて頂いております。

  • #2

    奈良です。 (木曜日, 23 1月 2020 17:26)

    コメントありがとうございます。