奈良姓の歴史の調査手法について、Ⅳ

 元眼底メディカルで、奈良姓の由来や歴史の調査手法について、色々書かせて頂いて

おります。毎度このブログをご訪問頂き、誠に有難うございます。

いよいよ令和元年も、もうすぐ終わりです。皆さま、よいお年をお迎えくださいませ。

 

さて前回私は、奈良姓の由来調査に於いて、平安期以前の由来伝説については、採用しない

方針であることをお伝えしました。しかしながら、土地の名前の由来については、別なの

です。どうしてか?と言うと、多くの姓は、地名に由来していることが多いからなのです。

(例えば、清水の次郎長とか国定忠治、伊那の貫太郎などですね。あ!、全員侠客か?)

また地名は、姓よりも先に存在しているからなのです。と言う訳で私は、奈良という姓の

由来調査と同時に、奈良という地名の調査も、平行して実施したのでした。地図検索をして

みますと、関西の奈良だけではなく、関東にも神奈川や埼玉に、奈良の地名が存在することが、すぐに判ります。こうして私は、関東の各奈良地区をドライブしてみることで、写真の

奈良神社を発見することが出来たのでした。ですから自分の姓と同名の地名を調査してみる

ことは、非常に有益なことなのです。地名の方は古いので、地名の由来の方は、古代の伝説

で良いのですよ。逆にロマンがあるじゃあないですかね。(どうせ実証は不可能だし?)

 

私が発見出来た、熊谷市の奈良神社の由緒書きによると、古代の奈良別命が、この地を開拓

したことによって、奈良という地名が命名されたと言う話しなのですが、別に本当は、奈良

の地の郷民が、自分達の地名の由来を、敢えて奈良別命に求めたのだ?としても、どちらでも

良いのですよ。それよりも、この土地の地名を姓として名乗った一族が、かつて存在したこと

の方が、はるかに重要なことなのです。そして私の場合は、この奈良の地を発祥とする奈良氏

一族と私の家系を、幸運にも結び付けることが出来たのですから、皆さんも自身の姓と同一の

地名の調査は、大変重要になるのです。その地を発祥とする一族と、自身の繋がりが判明する

かも知れませんからね。しかしその解明への道のりは、一足飛びに可能になるものではありま

せん。ひとつひとつ時代ごとに解きほぐして、その土地発祥の一族と自身の一族との関連性を、

見つけ出して行かねばならないのです。そのような土地が、全国各地にたくさんあるとすれば、

気の遠くなるような調査作業が必要になりますよね? 名字ランキング上位の姓の場合などは、

同一地名も山のように存在すると思われますね。このように数が多過ぎて、分別調査が困難な

姓の場合、どのような方法で調査を進めて行けば良いのでしょうかね?

このような場合私は、人口数分布から調べて行く方法をお勧めします。例えば「佐藤」姓などは、

全国に圧倒的に一番多い姓のひとつで、姓の発祥の歴史的由来については、既に詳しく調べられて

いますね。ですから人口分布にしても、全国広く均一に分布しているハズと思われがちなのですが、

分布を良く調べてみますと、何故か、東日本地域に偏在している姓であることが判るのです。

偏在があると言う事実には、歴史的背景や原因理由が、必ずあるのです。もしあなたが、西日本の

在住であったとしたら、あなたの一族が、東国から移住して来た歴史的原因があるかも知れません。

これらの歴史史実と、ご自身の先祖とを結び付けることが出来れば、大成功となりますよね?

どうせご自身の直系ご先祖の歴史は、明治時代にまでしか遡れないのですから、それ以前の歴史的

背景については、壮大な歴史ロマンで良いのですよ。但し、本当の史実の中の一部分でなければ

ならないんですけどね。この歴史ロマンと、明治期(江戸期)にまで、その土地に居住していた理由を、

結び付けるための調査が、重要になるのです。私の場合は、津軽は弘前市の郊外に住んでいた先祖と、

九戸政実の乱を結び付けられたことが、調査のカギになったのですけれどね。(次回へ)