元眼底メディカルで、奈良姓の由来や歴史の調査手法について、書かせて頂いております。毎度このブログをご訪問頂き、
誠に有難うございます。
今回は、皆さんご自身の氏姓の由来・歴史の調査手法についての説明になりますので、掲載写真はありませんです。
さて前回までのご説明によって、皆さんも明治期にまで遡る除籍謄本までは、何とか入手することが出来たと思われます。
そしてお手元には、自身の親から始まる何代分かの連続的除籍謄本が存在しているハズです。これらの人名の続柄を繋ぎ合わ
せることによって、自身に繋がる先祖の家系図を作ることが出来ます。名前だけではなく、住んでいた住所や、戸籍作成年月、
子の生年月日などが簡単に判るのです。ただ明治期の謄本は、手書き毛筆のため読みづらく、判りにくいため、細心の注意が
必要であることは、言うまでもありません。でもこのように、明治期まで遡る家系図は簡単に完成したとしても、多くの一般人
にとっては、ご先祖に有名人がいる訳でもなく、有名なエピソードがある訳でもないので、少し物足りなさを感じてしまいます。
そこで私が目指したのが、自分の姓・名字の由来やエピソード、同姓有名人物と、自身の先祖との繋がりを探る、と言う試み
であった訳です。私の場合には、奈良姓の由来や歴史と自分の先祖を、幸運にも何とか結び付けることが出来たと思われます。
多分他の多くの皆さんも、このような調査手法を採れば、何らかの歴史エピソードとご先祖を、関連付けることが出来るだろうと
思われるのです。確証のない推論でも良いのです。自分自身が納得出来るかどうか?、楽しめるかどうかこそが、重要なのです
からね。これからは、その納得のための調査のコツを、いくつかの手順で、お示しして行こうと思います。
まず最初に、皆さんも良くされると思われるのですが、自分の氏姓(名字)の由来を調べることから始めます。昔は地元図書館
などで由来を調べたものですが、現在ではネット検索で、簡単に、しかもかなり正確に、調べることが可能になっています。
私が良く活用させて頂いているWebサイトは、「名字由来net」や「日本姓氏語源辞典」です。どちらも自分の姓(名字)を
入力して検索するだけで、姓の由来説(複数)や、同一姓の人口分布などが、簡単に表示されます。これらの基本情報を元に、
更なる詳細な検索を繰り返して行くことが、調査の基本になります。同姓の人口分布(実数)については、電話帳検索を活用
すると、精度を高めることが出来ます。姓の由来については、もちろんグーグル等の検索エンジンも活用します。様々な説や
意見を、多数、たちどころに、収集することが出来ますね。まったく便利な時代になったものです。
まあもっとも、検索で出て来る平安期以前の姓の由来は、元来怪しいもので、公家の藤原氏出自姓(佐藤、伊藤、斉藤等)だ、
などと主張するのは、あまり信用出来ません。だってその時分は、公家以外の大多数の庶民には、姓なんて無かったのですから
ね。藤の付くほぼ全員が、公家の出身・出自になってしまうではありませんか! 実際そんなことはあり得ませんわね。
ただし、平安末期以降の武家系の姓の場合は、出身地の地名を姓の発祥としている場合が多いので、地名には注意する必要が
あります。この頃になると武士は、姓を名乗り始めるのですよ。地名を名乗った姓の他に、出自を表す本姓もありました。
更に農民にだって姓はありました。だって鎌倉・室町期に於いては、武士と農民の区別は、明確じゃありませんでしたからねえ。
武士(土豪)は、農民でもあったのですよ。但し、後の江戸時代には、武士以外の庶民の名字は禁止されていましたので、
その時分の農民・職人・商人には、名字が無かった時期があります。ですからその後の明治期に、新しく名字を付けた場合も
あるのでした。(明治新姓と言います。)ですからこのような、姓・名字についての歴史的背景を踏まえてから、調査を進める
ことが、非常に重要なのです。独断的な判断を防ぐことが出来ます。
さてそれでは、奈良姓を例にして、私の調査・判断方法について、これからご説明させて頂きたいと思います。
奈良姓の由来を、「名字由来net」で検索してみますと、奈良忌寸(ならのいみき):奈羅訳語氏(ならのおさし)が発祥である
とか、奈良真人(ならのまひと):天皇の子孫姓が語源である、などと書かれている訳なのですが、これらの説をどう見るか?
なのです。私は、平安期以前の発祥説については、基本的に無視する方針です。この頃の姓は、公家(天皇の臣下)の身分職業を
表すものだからです。従って私は、中世(平安末期~鎌倉・室町期)以降の発祥説が記載されているものだけを採用するんです。
では、「名字由来net」には、奈良姓の中世の発祥説などは、ほかに何か書かれているのでしょうか?(次回へ)

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