毎度ブログをご覧頂き、有難うございます。元眼底メディカルの奈良でございます。
今回よりホームのテーマ、ブログのテーマとも、変更になりました。今後はこの形で、
進めさせて頂ければと、考えております。何卒よろしくお願い申し上げます。
自身の姓である奈良姓について、関心を持ち始めた端緒については、ご挨拶のページで
ご紹介させて頂きましたので、メニュー画面より、ご挨拶ページをご覧頂ければと、思い
ます。とは言え、奈良の名前の由来や歴史に関心があると言っても、最初は、どう調べて
良いのかも、判りませんでした。図書館などで、古文書などを調べるのかなあ?などと、
思っていたぐらいでした。ところが私、埼玉県越谷市に在住し、週末に近隣をドライブで散策するのが趣味だったことが幸いし、偶然にも突然、大きな発見をすることが出来たのでした。それは埼玉県内の熊谷市内をドライブ散策していた最中のことだったのでした。
突如として、全てに奈良が付く奈良地区が出現したのでした。奈良地区内に入りますと、
信号の看板も、奈良小学校前や奈良中学校、奈良郵便局や奈良公民館になる訳なんです。
住所の表記も、上奈良、中奈良、下奈良、奈良新田、などと出て参りましたよ。
奈良地区では、何から何まで全て、奈良なんですよねえ! 私、奈良本人としましては、
もうびっくりな訳です。「へえ!、日本にこんな奈良の地区が存在するんだ!」と思った
次第でした。何故か同じ奈良だと、嬉しくなるんですよねえ。驚いて地図を調べますと、
熊谷市内には結構広大な、奈良地区が存在するんですね。昔は、熊谷市ではなく、奈良村であったようです。そんな奈良地区の中心に、「奈良神社」という名前の神社が存在するのを
偶然発見したので、その神社に、行ってみることにしました。
その神社は、古い酒屋商店の真横に、第一鳥居があって、田んぼの農道が参道になっていました。
この「奈良神社」の鳥居の扁額が、この写真なんです。地図の表記では「奈良神社」なんですが、
扁額の方は、「奈良之神社」となっていることが判ります。またこの扁額の彫刻を見ますと、
近隣の「妻沼聖天」の国宝彫刻と類似していますので、江戸時代中期~末あたりの、この地域の
作成であろう?、と言うことが推測されるのでした。で、この奈良という名前?地名?なんですが、
もちろん、奈良と言う地名で最も有名なのは、奈良県奈良市が存在する訳です。しかしこの奈良の
名前の起源は、日本書紀によれば、丘陵地を踏みならして造成されたので、奈良と呼ばれるように
なった?とか、傾斜地を平らにならしたところから、平城⇒ならと呼ばれるようになった?とする、
柳田国男説などが知られています。しかし熊谷市奈良地区は、元々平坦地ですし、奈良市との繋がり
の方など、私にはあまり感じられないのでした。例えば、同じ埼玉県内でも日高市に、高麗(こま)
という地名があるじゃあないですか。高麗を訪れれば、朝鮮王朝高麗国の匂いが、ぷんぷんするの
ですよね? でも熊谷の奈良地区に行ってみても、奈良(平城)の香りは、感じられないのですよ。
それで「奈良神社」に行ってみれば、奈良地区の由来などが判るかも知れないと思い、訪問してみた
のでした。さて、その小さな社殿を訪れ、神社の由緒書きを読んでみますと、これはびっくり!、の
内容が書かれていたのでした。何と、村社(村の鎮守)だとばかり思っていたのが、昔は延喜式内社
(格式の高い官社)であった?であるとか、創建は、古墳時代に遡る?などと書かれていたのでした。
更にこの神社の祭神は、奈良別命(ならのわけのみこと)と言う、聞いたことのない?神様の名前まで
出て来たのでした。 ああ、ですから奈良神社は、奈良之神社だった訳なのですね?、了解です。
これは、面白くなって参りました。(次回へ)
※奈良神社の住所:埼玉県熊谷市中奈良1969
毎度ブログをご覧頂き、有難うございます。元眼底メディカルの奈良でございます。
今回よりホームのテーマ、ブログのテーマとも、変更になりました。今後はこの形で、
進めさせて頂ければと、考えております。何卒よろしくお願い申し上げます。
自身の姓である奈良姓について、関心を持ち始めた端緒については、ご挨拶のページで
ご紹介させて頂きましたので、メニュー画面より、ご挨拶ページをご覧頂ければと、思い
ます。とは言え、奈良の名前の由来や歴史に関心があると言っても、最初は、どう調べて
良いのかも、判りませんでした。図書館などで、古文書などを調べるのかなあ?などと、
思っていたぐらいでした。ところが私、埼玉県越谷市に在住し、週末に近隣をドライブで散策するのが趣味だったことが幸いし、偶然にも突然、大きな発見をすることが出来たのでした。それは埼玉県内の熊谷市内をドライブ散策していた最中のことだったのでした。
突如として、全てに奈良が付く奈良地区が出現したのでした。奈良地区内に入りますと、
信号の看板も、奈良小学校前や奈良中学校、奈良郵便局や奈良公民館になる訳なんです。
住所の表記も、上奈良、中奈良、下奈良、奈良新田、などと出て参りましたよ。
奈良地区では、何から何まで全て、奈良なんですよねえ! 私、奈良本人としましては、
もうびっくりな訳です。「へえ!、日本にこんな奈良の地区が存在するんだ!」と思った
次第でした。何故か同じ奈良だと、嬉しくなるんですよねえ。驚いて地図を調べますと、
熊谷市内には結構広大な、奈良地区が存在するんですね。昔は、熊谷市ではなく、奈良村であったようです。そんな奈良地区の中心に、「奈良神社」という名前の神社が存在するのを
偶然発見したので、その神社に、行ってみることにしました。
その神社は、古い酒屋商店の真横に、第一鳥居があって、田んぼの農道が参道になっていました。
この「奈良神社」の鳥居の扁額が、この写真なんです。地図の表記では「奈良神社」なんですが、
扁額の方は、「奈良之神社」となっていることが判ります。またこの扁額の彫刻を見ますと、
近隣の「妻沼聖天」の国宝彫刻と類似していますので、江戸時代中期~末あたりの、この地域の
作成であろう?、と言うことが推測されるのでした。で、この奈良という名前?地名?なんですが、
もちろん、奈良と言う地名で最も有名なのは、奈良県奈良市が存在する訳です。しかしこの奈良の
名前の起源は、日本書紀によれば、丘陵地を踏みならして造成されたので、奈良と呼ばれるように
なった?とか、傾斜地を平らにならしたところから、平城⇒ならと呼ばれるようになった?とする、
柳田国男説などが知られています。しかし熊谷市奈良地区は、元々平坦地ですし、奈良市との繋がり
の方など、私にはあまり感じられないのでした。例えば、同じ埼玉県内でも日高市に、高麗(こま)
という地名があるじゃあないですか。高麗を訪れれば、朝鮮王朝高麗国の匂いが、ぷんぷんするの
ですよね? でも熊谷の奈良地区に行ってみても、奈良(平城)の香りは、感じられないのですよ。
それで「奈良神社」に行ってみれば、奈良地区の由来などが判るかも知れないと思い、訪問してみた
のでした。さて、その小さな社殿を訪れ、神社の由緒書きを読んでみますと、これはびっくり!、の
内容が書かれていたのでした。何と、村社(村の鎮守)だとばかり思っていたのが、昔は延喜式内社
(格式の高い官社)であった?であるとか、創建は、古墳時代に遡る?などと書かれていたのでした。
更にこの神社の祭神は、奈良別命(ならのわけのみこと)と言う、聞いたことのない?神様の名前まで
出て来たのでした。 ああ、ですから奈良神社は、奈良之神社だった訳なのですね?、了解です。
これは、面白くなって参りました。(次回へ)
※奈良神社の住所:埼玉県熊谷市中奈良1969

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