白内障について、Ⅱ

 眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。いつもこのブログをご訪問頂き、誠に有難う

ございます。日中も、だいぶ寒くなって来ましたですねえ。風邪にお気を付け下さい。

 

 今回の写真も、前回に引き続き、少し気持ちの悪い眼の写真ですかね? 前回の写真が、

白内障の術前の写真であるとすると、今回の写真は、白内障手術直後の写真ですね。まあ

実際は、術中写真なんですけどね。手術顕微鏡からの映像です。金属フックのように見える

器具は、開瞼器と申しまして、まぶたを拡げて眼球を露出させるための眼科手術器具です。

しわの寄ったビニールみたいなのが映っておりますが、これは、眼科用ドレープの一部

でして、術中の感染を防止するための、覆いフィルムですな。

で、水晶体の濁りを取り除く超音波白内障手術は、どこからやったのか?、と申しますと、

真ん中下の方の角膜が、少し白く濁っていますよね、あそこから、細い超音波チップを挿入

して、超音波の力で、水晶体の濁りを砕きながら吸引して取り除いたのです。(この角膜の濁り

は、その内消えますので、ご安心を。)傷口を縫うことも、今はしません。で、濁った水晶体の

元あった真ん中に、眼内レンズ(人工水晶体)が移植されているのが、良く見えますですね。

これら超音波白内障手術と眼内レンズの普及・発展によって、現在の白内障手術は、寺社へ

治癒祈願をしたり、温泉へ療養に行ったりする必要がない手術へと、変わって行ったのでした。

 

 ところが、このように安心・安全な手術になって参りますと、今度は逆に、困った問題が

色々と出て来るようになったのです。全ては患者さんの誤解?が元なんですけどねえ、、、。

30年前、現在の白内障・眼内レンズ手術が普及し始めた頃、この手術を受けた患者さんの喜びは、

半端ではありませんでしたね。失明の危機から、奇跡の復活へ、という感じだったんです。

例えば、作家の曽野綾子さんは、自身の白内障手術体験について「贈られた眼の記録」1982年

(朝日文庫)という本を書いているほどなのです。同様に、吉行淳之介さんも、「人工水晶体」

という本を、1985年に出版されていますね。これほどまでに当時は皆さん、白内障手術を受けて、

感謝・感激していたのですよ。

 

で現在は、超音波白内障手術装置も、眼内レンズも、眼軸長測定装置も、当時よりも格段の進歩を

遂げ、更には患者さんの立場では、当時より良く見えるようになり、苦痛も少なくなり、手術時間も

短くなり、安全性も向上して、保険適用にもなっている、にも拘わらず、全然感謝・感激されなく

なってしまった?、のでした。(逆に、色々文句を言われる?)

現在では、うまく行って、且つ良く見えるようになって、当たり前の手術であると、思われるように

なって来たからなんです。ですから、当時を知る者としましては、若干心外なのでありますよ。 

 

しかしですねえ、実際は100%安全確実な手術なんて、存在しないのですよ!手術である以上、必ず

リスクは存在するんです。リスク原因だって様々ありまして、術者(医師)によるものだけではなく、

看護師や器械の問題によるトラブルだってありますし、患者さんの白内障眼の状態だけではなく、

全身状態によっても、手術の成否は左右されるのです。ですから逆に言えば、どんなに技術が進歩

したと言っても、ある一定の確率で、手術時の何らかの失敗は、必ず発生するのです。(大きいか、

小さいかは別としまして、)

そうなりますと、手術時間も3分では終わりませんし、術後の見え方だって、変わって来るのです。

このあたりの手術リスクの説明は、白内障手術でも、どこの施設でも、文書などで必ずされている

ハズなのですが、今の患者さんは、ちゃんと読んだり、聞いたりしないのですねえ。判っていると

思ってしまっているんです。(病院側の当たり前?の情報より、スマホSNSの情報の方を信じる?)

まあ周りのお仲間達も、白内障手術を受けているから、自分も気軽に受けてみるか、ぐらいの感覚

なんでしょうね?

で、読んだり聞いたりしていたイメージと、結果が少しでも違おうものなら、さあもう大変です。

文句、苦情、クレームの大合唱になってしまうんですよ。(次回へ)