大学医学部、医局について、Ⅹ

 眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。毎度このブログをご訪問頂き、誠に

有難うございます。季節がいきなり、秋になりました。皆様、体調にはお気を付け

下さいませ。

 

ここのところ何故か、戦前までの医師養成制度の変遷について、色々ご説明させて

頂いておりますが、前回は、戦時中の医師不足対策として、ハチャメチャな医師の

大量養成政策についてお話しさせて頂きました。でもいくら医学専門部や、医学専門学校を大量新設したとしても、すぐに医師が増える訳ではありませんでした。

教育するために時間がかかるからです。でも国内の医師不足は、待ったなしの状況

であったため、軍部政府は、更なるハチャメチャな医師速成策を講じたのでした。

 

それは、歯科医師に医師免許を与える、という奇策でした。1945年(昭和20年)の 

4月に発令されたのですが、歯科医師免許保有者は、新たに実施する医師試験に合格

すれば、医師免許を与える、という内容で、更には、医師試験受験者に対して、医師

としての必要な知識を教授するため、医師試験前準備講習会を、全国各地で開催する、

というものでした。既に歯科医師であるため、医学教育は不要!?、とのことでした。

まあもうこの頃は、終戦間際のどさくさの時期だったとは思うのですが、何としても

大量の医師?を、名目だけでも速成増産したかったのですねえ、、、。

結局、全国で何と2200人以上が受験して、73名が合格したそうですが、でもこれって、

終戦直後の9月!のことだったそうですよ! 終戦で中止に出来なかったのですかねえ?

更にこれらの速成医師(歯科医師)に対しては、6ヶ月間の実地修練(インターン制度)

が、義務付けられたそうですが、これくらいの短期間で、本当に大丈夫だったのでしょう

かね? もうこの時は既に、軍医はもう不要になっていたのに、ですよねえ、、。

ちなみに、この時始まったインターン制度(臨床訓練)が、翌年から卒後の必修になって

行きますが、このインターン制度の実施に、医局が大きく関わって行くことになります。

 

でその後戦後になりますと、今度は戦地・外地から、元軍医が続々と復員して来ることに

なりますが、彼らの多くも、学業途中で卒業させられ、軍医として赴任していましたので、

医師としてのレベルは決して高いものではありませんでした。ですから、復員して参りますと、

出身の大学や医学専門学校に戻る医師も多かったようです。また、各地の国立病院の医師に

なった例も多いようですね。(国立病院の前身は、陸・海軍病院ですからね。)

終戦時、日本国内の医師数は、1万2000人程であったのに、翌年にはいきなり、6万5000人

にも増加しているんですよね。これは大量の軍医等の、外地からの引き上げによる結果だと

思われます。あるいは、粗製乱造の結果? まさかねえ。

 

そして進駐軍(GHQ)が入って参りまして、日本の医療、医学教育レベルを査察した訳なの

ですが、当然、他国に比べて、非常に劣悪状況であると、認識することになる訳なんです。

何と、日本の医療レベルは、中世並み?だったそうです。まあ、当時は注射器類も使い回し

でしたし、ガーゼや包帯も洗濯しての使い回しが一般的でしたからねえ。

こうしてGHQにより、医師養成学校や医療制度にも、大改革が行われることになります。

(次回へ)