大学医学部、医局について、Ⅵ

 眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。いつもこのブログをご訪問頂き、

誠に有難うございます。夏休みも終わり、いよいよ仕事なハズなんですが、、。

 

このところ、大学医学部・医局の、白い巨塔的特徴に付きまして、色々とお話し

させて頂いております。前回は、医局って、無認可の医師派遣業ではないのか?

というようなお話しでした。最近の研修医は、医局に所属しないケースも、増えて

来ているようですよね。医学博士号は不要、ということでしょうかね? 大学の

医局に所属していませんと、MD学位の取得は難しいですからねえ。

 

でもどうして、医師の世界には、医局が存在するんですかね? あるいは、医局

って、どうして必要なんでしょうかね? やはり医学の教育研修のためですかね?

本来の意味で「医局」とは、医療を扱う部屋、つまり診察室の意味だったのです。対語

としては「薬局」ですね。古くからの言葉で、現在の意味とは、全然違いますよねえ?

現在のような医局組織って、いつ頃、どのように誕生したのでしょうかねえ?

何でも医局とは、明治時代になって、ドイツ医学が入って来てから出来上がったのだ、

なんて、ネットの検索情報では出て来るのですが、それは医局講座制のことだろう、と

思うんです。つまり、内科とか外科とか、皮膚科・眼科、などの専門講座の成立ですよね。

こちらは確かに、明治時代に西洋医学が導入されてから、出来上がったものです。

でも、医局って言う言葉は、多分それ以前、江戸時代から存在したのだろうと思いますね。

幕末期の日本には、蘭方と呼ばれた先駆け的西洋医学も、少しはありましたけれど、

ほとんどは、全身内科的な、古来よりの漢方医学しか、無かったのですけれどね。

ですから私、医局制度って言うのは、その源流・成立過程が、少し違うように思えるのです。

ドイツ西洋医学と言うよりは、日本古来の医師養成のしくみの方に、その起源があるように

思われるのです。でもまあ、その軍隊的な運営の仕方は、確かに明治時代のドイツの影響か?

とは思えるのですが、、、。

 

私はどうも、日本古来の家元制度とか徒弟制度から、影響を受けているように思われるの

ですよ。「医学の教育」というよりは、「医術の伝承」という感じでしょうかね?

漢方医時代のような「大学秘伝の術」を、教授と呼ばれる家元が、代々、弟子である

医局員に伝授し、修行を終えた暁には、学位と呼ばれる免状を与える、という形式ですね。

当時ドイツ医学が、もてはやされたのも、ドイツには、マイスター(徒弟)制度があり

ましたからねえ、家元制度と徒弟制度って、親和性があったからなのだと思いますね。

どうしてこのように思えるのか?、と申しますと、医療器械屋を長年やっておりますと、

特に昔からの医療器具類に、やたらと「東大式」とか「京大式」「~氏式」などと言う、

器具の名称が頻発するのが判るのです。このことは「流派」の存在を示すものなんですね。

もっと言えば、医学(医術)が、まだ標準化(統一化)していない、ということなんです。

で実際、東大出身の先生は、東大式の器具を、よく使用するのですわ。(やっぱり流派?)

とすると医局とは、それぞれの流派を守って行く、職能ギルドのひとつ?、だったのかも

知れませんよ。だって今でも、年季明け後とか学位取得後の「お礼奉公」なんて言う慣行も、

現存するんですからね、、、。

 

ですから私、日本の医局制度って、明治期のドイツ医学の導入とは関係なく、江戸時代の

漢方医学から連綿と続く修行制度の伝統を、受け継いでいるように思われるのですよ。

また、現在ではあまり知られていないことだと思われるのですが、昔、戦前までは、大学を

卒業していなくとも、医師になることが出来たのでした。このあたりも、医局制度の成立に、

関係しているのではないか?と、私には思われるのです。(次回へ)