医療器械屋という仕事の将来についてⅩⅡ

 眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。いつもこのブログをご訪問頂き、誠に有難う

ございます。まだ6月なのに梅雨明けだそうでして、外は灼熱地獄の様相であります。

 

前回ブログでご紹介させて頂きましたように、全国の公立病院を中心とする大病院の赤字化

によって、古くからの一般医療器械屋は、利益の上げられない運送業者のような業態に陥って

しまいました。この儲からない状況を、更に後押ししたのが、大病院でのSPDの採用でした。

SPDと申しますと、最近では、病院での院内物流管理システムとして、多くの大病院で採用

されているんですが、実際の名称は、Supply Processing Distribution の略でして、翻訳

すると、供給・加工・分配となり、かえって何のことか判りずらくなりますね。 

元々は、アメリカで提唱された考え方なのですが、日本には、90年代になって普及するよう

になりました。どうして90年代からなのか?と申しますと、SPDの運用には、コンピュータ

システムの活用が不可欠なんですが、PCの普及が始まったのが、90年代頃だったから、なの

でした。院内の小分けした消耗物品の、各部署ごとの在庫・使用・発注管理を、コンピュータ

とバーコードスキャナーで、行う訳です。当時は、院内物流の合理化と言われましたね。

 

で、それ以前の病院では、消耗物品の管理はどうしていたのか?と申しますと、昔は病院の

部門として、中央材料室(中材)というのがありまして、責任者は中材の婦長さんでしたね。

比較的大きな部屋に、洗い場と巨大な滅菌器が何台もありまして、倉庫の棚には、再生ガーゼ

などが滅菌カストに入った状態で保管されていましたね。ここに、医療消耗物品も保管されて

おりまして、院内各科・部門で必要物が出て来ますと、看護婦さんが請求伝票を書いて中材に

出向いて、必要な消耗物品を受け取る、というような流れでした。つまり当時は、看護婦さん

達が、医療消耗物品の管理を行っていたのでした。更に中材の看護婦さんは、使い捨ての注射器

などは、各科からの請求伝票に合わせて、大箱から出して小分けにして払い出しをしていました。

ところが、医療材料がどんどんディスポーザブル(使い捨て)化して行き、使用量も大量になり

まして、もはや中材の看護婦さん達では、管理が出来ない程の状況になって行ったのでした。

※そもそも、中材の業務って、本来の看護師の仕事なのかなあ?

 

その後大病院では、大量化した消耗物品管理のため、病院の事務方である用度課が、倉庫を構えて

払い出しを行っていたのですが、いずれにせよ病院職員が、物品管理業務を担っていたのでした。

そのため、当時の病院物品管理は、非常にロスの多い管理でした。病院倉庫でも大量の在庫を保有して

おりましたし、実は大病院では各科各部門でも、それぞれ大量の在庫を保有している場合が多かった

のでした。二重在庫ですね。その理由は、各科の婦長さんが、欠品を防ぐために(心配性から?)

余分な在庫を増やしてしまうからなのです。でも先生が転勤で突然変わってしまうと、せっかく確保

していた在庫器具類が、まったく使用されなくなる、という事態も、しょっちゅうありましたね。

そんな訳で、過剰在庫が原因で、滅菌期限切れを起こし、廃棄してしまう医療材料も大量にあり

ましたが、病院職員自身がやっていることなので、ロスのことは、誰も文句は言えませんでしたね。

この面倒な院内物品物流管理を、自前ではなく、外部委託することで問題解決を図ろうとしたのが、

SPDの試みだったのでありました。(次回へ)