医療器械屋という仕事の将来についてⅦ

 眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。いつもこのブログをご訪問頂き、誠に

有難うございます。本日は梅雨ながら、天気は晴れておりますが、贖罪お詫びの日々は、

まだ続いております。

 

儲かっていたが故に、色々「やんちゃ」もやっていた医療器械屋業界ですが、バブル崩壊

後を契機に、総医療費抑制策が始まり、遂には冬の時代へと突入することになるのですが、

それまで色々、甘い汁を吸っていた皆さんにとっては、なかなか、医療業界特有の、接待・

リベート構造から、抜け出たくはない!、のでありました。(それが仕事だと思ってる。)

それまでの医療器械屋が関与するリベート構造のしくみは、傍から見ても単純なものでした。

企業としての経理勘定科目としては、接待費・交際費処理ですわね。

大体ひとつの病院の医療器械の納入を、一社独占していましたからね。で、事務方の方も、 

色々理由を付けて、他業者の参入を嫌がりましたからね、上から叱られるからです。まあ

構造が、単純明快だったんですね。この構図、医療という割りには、専門性とか特殊性など

は、まるでありませんでしたね。だから、皆んな判っていても、儲かっていたので、誰も

何も言わなかった訳なのです。まあ良い時代?でしたかねえ。

 

ところがバブル崩壊後は、このような一社独占は否定され、医療機器も、納入価は厳しく精査

され、表向きは、競争入札が一般化されて行きます。が、そうなって参りますと、今度はもっと

専門的で巧妙なやり方が、現れて来ることになるのですよ。まあ皆さん、懲りないんですねえ。

このあたりの巧妙な構造?になりますと、医療機器の分野ごとに専門的になってしまうもので、

私は自分の専門である、眼科機器の部分しか知らないのですが、多分、他の分野の医療機器も、

ホントは、似たような状況なのではないかなあ?と、思われましたですけどね。

 

で、眼科機器の分野で、甘い汁を吸い続けたい方々は、何をしたかと申しますと、当時出始めの

最新眼科機器であった、眼内レンズ(人工水晶体)に、目をつけたのでありました。

眼内レンズ(人工水晶体)とは、80年代後半に薬事承認を受けた、当時の眼科分野での最新の

医療機器でした。白内障手術のあとに、人工のレンズを移植すると、良く見えるようになるの

ですが、まだ出始めだったんで、実勢納入価格も、まだ定まっていなかったのですよ。

何故なら販売開始当時は、眼内レンズ代金は、保険適用外だったんですね。白内障手術の方は、

もちろん保険適用だったんですけどねえ。当時はまだ、眼内レンズにするか、牛乳瓶の底のような

分厚いメガネにするか、選択の時代だったのでした。(今じゃ、100%眼内レンズ移植ですが。)

眼内レンズ代も含めて、健康保険適用になったのは、それから更に数年後のことでした。

 

でも、眼内レンズメーカーとしては、販売が許可されましたので、定価を定めなければなりま

せん。それでレンズメーカーは、一挙に今までの投資を回収する目的で、当時の眼内レンズに、

1枚8万円という、ものすごい定価を付けたのでした。(製造輸入原価との差は、すごいです。)

更には、病院に対する値引き率を、大きく見せるという意味も、この金額にはあったようなのですが。

このようにして、眼科分野に、差益の非常に大きい、眼内レンズという新しい商品が誕生した訳

なのですが、この商品の流通を活用することによって、キックバックという、更なる「やんちゃ」が、

繰り広げられることになるのでした。(次回へ)