眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。いつもこのブログをご覧頂き、誠に有難う
ございます。 今日は雨模様で、いよいよ梅雨入りですかね?
で、私がまだ若かった頃、医療器械屋は儲かっていたので、会社とけんかして独立しても、
何とか食べて行けましたし、本郷村の流通に限らず、色々と緩かったので、悪いことなども、
色々出来たのでありました。ですからイラストは、いつも毎回、「謝罪」なんですね。
毎晩、得意先病院の先生や事務方と、接待で飲み歩くなどは、まだかわいい方でして、もっと
ひどい例になりますと、病院の院長や事務長に対する、キックバックリベートなどですわね。
この事実は、院内の他の医師や職員は、知らないのですよ。これによって、医療器械屋の一社
独占を、死守する訳です。「事務長と、我々だけの秘密?」という訳です。
これも病院が儲かっていたが故の、私服の肥やし方、と言えるでしょうね。当時事務長が、突然
いなくなってしまうことが、よくありましたが、多分、院長にバレたんでしょうね?
事務長が首になると、今までの納入業者も、一緒に「出入り禁止」になりましたね。実はウチも、
そうなったことがありましたよ。まあ当時は、個人病院などでは、納入業者一社独占は、どこでも当たり前でした。安くする必要がなかったからなのですね。
でもこれって「個人病院に限ったお話しでしょ?」と思いますよね。官公立病院や大学病院など
は、違うだろう?と、皆さん思いますよね? でも実はですねえ、みんな同じだったんですよ~。
地方の県立病院や市立病院はもとより、東京の都立病院も同じく、ほぼ一社独占だったのでした。
一社独占ということは、それなりに、「そういう構造」があった、ということなんです。
まあ医療器械屋も少なく、購入金額も経営に影響するほど多くはなかったから、なんですけどね。
でも、大学病院は、少し違いましたですね。事務方にあまり権限が無く、各科の教授に力があった
からです。医療機器を購入するのは、教授の権限なのでありました。いわゆる「白い巨塔」です。
当時の大学病院の細かい内情は、あの小説のまんまですわね。ですからこの当時、田宮次郎の主演でテレビドラマ化された際は、世間の大反響を受けておりましたよねえ。
まあ医療器械も、当時はそれだけ特殊なものであったんですね。と言う訳で、大学病院に出入り
する医療器械屋は、最初は「何でも屋」だったのですが、だんだんと、ターゲットになる教授の
科の専門器械屋として、それぞれ分化して行くことになります。その科専門のメーカーになったり、
専門分野ディーラーになったりしましたわね。 でも、キックバックリベート構造は、一般病院など
と、あまり変わりませんでしたね。(科ごとに、より細かくなっただけ?)
と言う訳で、「白い巨塔」の影響もあり、全国の大学病院では時々、世間の耳目を集めるような、
医療機器の汚職事件などが、発覚・報道されることになります。(まあ最近でも多いですがね。)
当時私が経験したのは、80年代初めに起きた、「阪大医療機器汚職事件」というのが勃発しまして、
多くの医療機器メーカーの責任者が逮捕されたんですが、それに連座して、当時のウチの社長も逮捕
されてしまいまして、ウチの会社は、社内大混乱に陥ってしまったのでした。
今グーグル検索してみても、出て来ませんよ。当時は、お昼のNHKニュースのトップで報道されたん
ですけどねえ。まあその後も、医療機器汚職事件は、いっぱいありましたからね。それほど、医療器械
の業界は、「いわく付き?」であった、ということなんです。(次回へ)

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