眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。毎度、このブログをご訪問頂き、誠に有難う
ございます。天気はじめじめとしまして、梅雨の始まりのようですね。
昔、1980年代頃の医療器械屋の、やんちゃな状況について、お話しさせて頂いております。
当時の医科器械店の社員は、会社の待遇が悪いと、すぐに独立してしまった、というお話しの
続きです。何せ当時の医療器械販売業は、医療の特殊性に守られて、高収益でしたからねえ。
担当病院への納入価は、自分で値付けをし、毎月の請求書も、自分で出しておりましたから、
どれくらい儲かるのか、すぐに判ってしまうのですね。そんな病院を何件か持っておりますと、
会社から給料を貰うより、独立して自分でやった方が、遥かに儲かると、思ってしまうのです。
それで当時は、ウチの会社からも、次々と独立して器械屋の商売を始めるような状況でした。
まあ、儲かっていたからこそ、そんなやんちゃも出来たのですよね。
で、前回もお話ししました通り、上司や社長は、独立した社員に対して、烈火のごとく怒り、
報復の対策を取るのでした。どのような対策か?と申しますと、まずは病院側に泣きつきます。
「恩を仇で返すような人間は、出入り禁止にして下さい。」とか言って、商売をさせないように
仕向けるのですが、病院側の担当者はと言うと、上司などよりも、毎日来ていて独立した、営業
担当者の方が可愛かったりします。ですから上司は、取り引きを阻止するために、現納入価格の
値引きなども、提案をすることになります。が、それでも病院側の翻意が難しいようだと、次なる対策を取ることになります。 では何をするのか?、と申しますと、病院の方がダメならば、
今度はメーカーに泣きつくのですよ。「あそこには、商品を流さないで頂きたい。」と言います。
医療機器メーカーと全国各地の医療器械屋の間には、多くの場合、販売代理店契約が存在するの
です。つまり、代理店じゃあない器械屋には、商品を流せない訳なんです。同一地域で、器械屋
同士の競合を防ぐ目的もありましたね。多くの地域ごとに、最低2社の器械屋が存在しまして、
それぞれが、ライバル関係にあるメーカー商品の販売代理店になって、その地区で、しのぎを
削っている、という形が一般的でした。ですからその地域内で、その特定メーカーの商品を販売
出来るのは、事実上一社だけなんですね。こういう状況ですと、代理店である器械屋の社長から「商品を流すな!」と言われてしまいますと、メーカー側としましても、その地域内全ての商売
が、無くなってしまう危険性もありますので、従わざるを得ない状況になるのでした。
さあこうなって参りますと、独立した新興の器械屋の方は、商品が仕入れられず、商売はピンチ
に陥ってしまいますですね?
ところが何故か、ちゃんと商売を続けられているんですよねえ、、、。不思議です。
何故新興の器械屋が、商売を続けられるのか?、と申しますと、「本郷」という場所が、深く
関わっているのでした。ええ、東京は文京区の本郷ですね。東京大学の門前街でもあります。
ここに明治時代より、何故か医療器械屋街が形成されておりまして、全国的に、医療器械と
言えば「本郷」、と言われるようになったのでした。
東京って、そう言う街、すごく多いですよね。御徒町の宝石屋街とか、かっぱ橋の厨房道具屋街、
神田神保町の古書店街、上野稲荷町の仏壇屋街など、専門店街っていっぱいありますわね。
そんな本郷の医療器械屋街には、各医療器械メーカーもあり、病院向けの販売店もありましたが、
医療器械の問屋というのも存在していたのです。問屋ですから、小売じゃなく、卸し売りですね。
この医療器械の問屋が、独立した新興の弱小器械屋を支えることになるんです。(次回へ)

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