医療器械屋という仕事の将来についてⅡ

 眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。いつもこのブログをご覧頂き、誠に有難う

ございます。まだ5月というのに、季節はすっかり夏になって来ておりますね。

 

医療器械屋の、「昔は良かった?、ひどかった?」というようなお話しを、させて頂いており

ます。私がこの業界に入った1980年頃は、まだ良い時代でした。医療器械屋という地味な

販売業であっても、医療の特殊性・専門性に守られて、高利益を得ることが出来たのでした。

日常的な医療器具類の販売でも、粗利益率で、当時20%以上ありましたからねえ。現在では

到底考えられない利益率だと思います。当時の日常的納入品としては、ガラス注射器や注射針、 

ガーゼや綿花類や絆創膏、体温計や血圧計などが多かったと思います。現在のような、高額

な医療消耗品などは、まだありませんでした。ですから病院への納入金額の方も、実はかなり

どんぶり勘定でして、我々新入社員が値付けをしていたのですが、まだコンピュータなども

無く、前例納価も良く判らなかったものですから、ほとんどの商品を、仕入金額÷0.2とか、

÷0.25で、納入金額を算出していましたね。それでも病院側からは、高いと文句を言われる

ことは、あまりありませんでした。※得意先ごとに、粗利率を微妙に変えていましたね。

たまに、病院の用度課にも、まじめな担当者がいらっしゃいまして、同じ商品でありながら、

「先月と今月で、納入価が違っているが、」との指摘を受けたことがあったのですが、今月

値上げしました、という返答で、すんなりOKになった記憶があります。病院側も、儲かって

いたからこそ、すんなりOKだったのだろう、と思いましたです。(スイマセン!)

当時の出入り業者としての医療器械屋は、ひとつの病院・医院あたり、1社のみが一般的で

した。この頃はまだ、医療器具のディスポーザブル化も、さほど進んでいなかったため、病院

の器械類購入金額もまだ小さかったので、医療器械屋は、一社で間に合っていたのでしょうね。

もちろん、医療器械屋という特殊な業者も、1県内に2社ぐらいしかなく、少なかったのです。

手術などの無い小規模病院などでは、器械屋は、週に一度の訪問納入で、充分な状況でした。

訪問時は、先週受けた注文品を納入し、翌週向けの注文品をお聞きする、というやり方ですね。

とは言え、当時私の担当していた病床数200床程度の病院では、毎日十数万円ぐらいの売上げ

がありましたし、1日に数件の施設訪問は可能でしたので、ひとりでもかなりの収益を上げる

ことが出来ました。(何せ、高粗利益でしたからねえ。) と言う訳で、会社の待遇に不満の

ある先輩連中は、挙って会社を辞めて独立し、自分で医療器械屋を、始めるのでありました。

 

何件かの顧客(病院)さえ握っていれば、当時は充分食べて行けたんですよねえ。ですから、

その独立の際は、以前の担当顧客(病院)を、丸ごと持って行ってしまうのが一般的でした。

すると会社の方は、売上げがごっそり無くなるものですから、上司や社長は烈火のごとく怒り、

その病院に対する納入価の値引き合戦などで、報復を繰り広げるのでありました。

その後、医療機器の利益率が低下して行った原因は、もしかすると、当時全国各地で勃発した、

これらの器械屋同士の、独立報復合戦にあったのかも知れませんね。(笑)

でもそんなに簡単に独立なんて出来るのか?と、思いますよね。メーカー仕入は可能なのか?

など、疑問ですよね。 ところがこれが、医療機器業界では、何故か、大丈夫なんですよねえ。

(次回へ)