医療器械屋という仕事の将来について

 眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。いつもこのブログをご覧頂き、誠に有難う

ございます。本日より、ブログのタイトルが、また地味なテーマに変わりましたです。

何せ私も、38年間ずっと、医療器械屋を続けているものですから、、、。

 

現在私は、医療器械屋と申しましても、眼底カメラ等のレンタル業者なのですが、それ

以前は、大手の医療機器販売会社に勤務しておりまして、お得意先である病・医院等に

出入りする営業マンをやっておりました。「医療器械屋」という呼び名は、病・医院内

で古くから使われておりまして、対語として、製薬会社のプロパーなどを指す「薬屋」が、

ありますね。この「器械屋」と「薬屋」を合わせて、病院内の出入り業者になります。

現在の医療機器販売会社は、様々な社名が付けられているので、本当は何屋なのか、よく

判らない商号が多いのですが、昔の医療器械屋は、ほとんどが「~器械店」という名称で、

屋号の多くは「いわしや」でしたから、ああ医療器械屋さんだと、判り易かったのでした。

以前のブログで、大昔の医療器械屋は、当時「薬種問屋」と呼ばれていた薬屋から分かれて、

医療器械屋になった、というお話しをさせて頂きましたが、現在でも、医療器械屋は、業態

分類で、問屋業に分類されているんですが、これは薬種問屋からの名残りであろうと思います。

だって、薬は、病院が仕入れて、患者に販売されますので、問屋でよろしいと思うのですが、

医療器械の方は、病院で自家消費されてしまうのですよね。ですから、医療器械屋の方は、

問屋業ではなくて、本当は小売業なのであろうと、思うんですけどねえ。

 

昔は、医療機関も高収入、それに伴う薬屋、医療器械屋も、高利益でありました。「医療の

特殊性」に守られていたんですね。私がこの業界に就職した1980年頃でも、当時の就職説明会

などでは、医療の業界は、今後も発展こそすれ、つぶれることなどは絶対ないと、当時の社長

や幹部の方々は言っておりましたね。 ところが現在は、病院でも倒産する時代ですからねえ。

 

当時は、医師優遇税制がありまして、必要経費が多く認められていたため、税金をあまり納め

なくても良かったこともあり、 また医療の特殊性という魔法の言葉に守られて、医師や個人

病院などは、高収入、高利益を維持することが出来たのでした。(医者と坊主??)

でも当時も、外見は質素でしたよ。何と言っても、「医は仁術」ですからねえ。派手に目立っ

ては、いけないのでした。ですから医療器械屋も、同様に地味で堅実な業界、というイメージで

あったのでした。

でも実際は、高収益の恩恵に浴していた社長連中などは、結構派手に飲み歩いたりしていたもの

でした。ウチの会社でも、毎月月末になると、きれいに着飾ったクラブのママさん達が、列を

成してウチの経理課の前に、集金に来ていましたからねえ。ホント羽振りが良かったんですね。

でもまあ我々若手社員の方には、それ程の恩恵は、ほとんど何もありませんでしたけどね。

強いて挙げれば、独身寮の寮費が安かったことぐらいかなあ? 当時の初任給が、手取りで、

十万円ちょっとぐらいだった頃、2食付き、電気水道光熱費込みで、1ヶ月2万円でしたですね。

残りは全部、お小遣い? これはホント助かりましたね。余ったお金で、当時流行っていた、

「財形貯蓄」って言うのをやっていましたよ。

 

でも、社会全体の意識として、医療は特殊なもので、医療機器は高価でも仕方が無いのだ、という

感覚・風潮が蔓延していて、医療器械屋も、しっかりその雰囲気に乗っかっていたのでした。

80年代当時は、まだ高度経済成長期の残り香もありましたので、医療費が増大しても、景気が

良くなれば大丈夫、という意識感覚が強かったのだと思います。

しかし90年代に入って、バブル崩壊、医師優遇税制の改正、総医療費抑制政策の推進等によって、

病院も医療器械屋も、好調の潮目が、大きく変わって行ったのでありました。(次回へ)