医療器械屋から見る、眼底検診普及の歴史Ⅲ

 眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。9月に入りましたが、天候不順が続いておりますですねえ。農作物は、大丈夫

なのでしょうか? ちょっと心配になってしまいますです。

  

ここのところ、世界初の無散瞳眼底カメラがキヤノンさんから発売されて、検診の市場に、どのように普及して行ったのか?

という歴史経緯について、医療器械屋の立場から、お話しをさせて頂いております。

前回は、新製品である無散瞳眼底カメラを、広く検診の市場に普及させるために、キャノンさんは、内科医による眼底写真

読影の手助けのために、専門の医師による症例写真の詳しい解説書を発行して配布した、というお話しをさせて頂きました。

 

このように、鳴り物入りでデビューした無散瞳眼底カメラでしたが、問題点も無い訳ではありませんでした。それは、35mm

カメラの問題でした。1枚目の写真は、実は35mmカメラが装着されたCR3型の写真なのですが、かなり見えにくいですよね?

70年代末にデビューした、CR1型もどき?と、お考え下さい。 で、直像鏡に比べれば、もちろん画期的に便利な無散瞳眼底

カメラであった訳ですが、検診現場においては、ちょっと難しい状況もあったのです。直像鏡の場合ですと、その場ですぐに、

眼底観察が出来た訳なんですが、眼底カメラの場合、撮影はすぐに出来るのですが、きれいに撮れたかどうかは、フィルムを

現像に出してみないと判らなかったのです。

検診での眼底撮影の場合、1日に何人もの患者さんを撮影しますので、その撮影がうまく行ったのかどうかが判らないことは、

大きな不安材料でした。検診の場合、患者さんへ「後日もう一度」は、許されないのでした。

と言う訳で、80年代に入り、2枚目写真のように、ポラロイドカメラが装着されるようになり、ようやく不安が解消されること

になりました。撮影してすぐに、写真を確認出来るようになったからです。また万一、撮影が失敗していたとしても、その場

であれば、再撮影をお願いすることは、何とか可能だったからです。(でも、患者さんからは嫌がられましたけどね。だって、

当時の眼底カメラのストロボ光量って、めちゃくちゃ強かったですからね。もう5分間ぐらい真っ赤な残像で、何も見えません

でしたからね。患者さんも嫌がる訳ですわ。)

 

ポラロイドフィルムの種類としては、普通タイプの600と、高感度タイプの779(3枚目写真)がありました。値段は、779

の方が少し高かったのですが、撮影された写真は、値段ほどには、違いはよく判りませんでしたねえ。(笑)

フィルムコストは1枚当たり、150円ぐらいしましたから、今から考えますと、べらぼうな金額でしたが、その場で撮影確認が

出来るのはポラフィルムしかありませんので、致し方なかったと思います。ですから撮影の失敗は、許されませんでしたね。

まあしかし、このポラロイドカメラ装着によって、無散瞳眼底カメラは、全国的・飛躍的に普及して行ったのだと思います。

 

 <おまけ>

当時のポラロイドカメラユニットには、何故かその上部に、内部固視灯操作BOXが乗っていました。2枚目写真で判りますか

ね? また、私は見たことが無いのですが、内部固視灯BOXの代わりに、カメラ部分に追加で取り付けて、TVモニター観察

ではなく、直接眼底を覗くための「直視ファインダー」という部品も、当時は使用されていたようです。何と35mmカメラだけ

ではなく、ポラロイドカメラユニットにも、取り付けが可能だったようです。

多分、ピント調整は、スプリット輝線合致方式ではなく、手動で行ったのでしょうねえ。TVモニター観察による焦点合わせの

新方式が、当時はまだ、あまり信用されていなかったのかなあ?と、思ってしまいますね。 (次回へ)