健診用眼底カメラレンタルの、眼底メディカルです。毎日お暑い中、このようなブログをご覧頂き、誠に有難うございます。
ライバル会社、ライバル製品というテーマで、お話しさせて頂いておりますが、今回はキャノンさんについてです。キャノンさん
と言えば、1970年代後半に、世界最初の無散瞳眼底カメラを開発し、1980年代初めには、国産初の非接触眼圧計を発売するなど、
健診市場における眼科機器の、リーディングカンパニーとして君臨して来られました。もちろん、X線カメラの方でも有名ですが。
いずれにせよ、健診機器市場では、代表企業のひとつです。この間は、東芝メディカルさんを買収する件でも話題になりましたね。
私自身も、1980年代から、勤務していた会社を通じて、お付き合いが深かった企業です。当時はもちろん、ライバル社ではありま
せんよ、だってウチは、キャノンさんの代理店だったのですからね。
最初の頃の会社名は、「キヤノン販売(株)」でしたね。親会社の名前は、「キヤノン(株)」でした。キャノン販売の人たちは、
メーカー部門の親会社のことを、「インク」と呼んでおられましたね。
この頃のキャノンさんには、勢いがありました。健診の現場には、続々と無散瞳眼底カメラが導入されましたし、購入が出来ない
施設からも、何とか貸して欲しいと、依頼が多数来まして、デモと称して、無償で貸し出しをしたことも、度々ありましたね。
この頃は、集団健診が盛んな時代でしたので、私もそうした健診会場に、デモ機を搬入したものでした。
キャノンさんには、デモ機が何台もありましたが、買う気のない施設だと判ると、もうデモ機を出して貰えなくなったりしました。
この時の体験があって、現在の私は、眼底カメラのレンタルを、始めているのかも知れません。
特に良く売れた時期は、やはり、デジタル化が進行した、2000年前後あたりだったと思います。その頃の眼底カメラと眼圧計が、
2枚目と3枚目の写真の機種です。この頃健診業界では、移動健診から、健診センター設立ブームへと、移って来ておりました。
眼底カメラは、CCDカメラを内蔵させて操作を簡便にし、簡易OSを搭載してネットワーク接続に対応する、という画期的カメラ
が出現しましたし、眼圧計は、他社に先駆けて、フルオート測定を実現していました。現在の眼底カメラや眼圧計の原型になった
機器だと思います。その意味で、キャノンさんの眼科機器は、当時は全盛であったとも思います。
そんな2000年代半ばに、キヤノン販売さんは、キヤノンマーケティングジャパンへと、会社名称を変更します。
あえて誤解を恐れずに申し上げるとすれば、キヤノンマーケティングジャパンに変わったことで、キャノンさんに於ける医療機の
位置づけが、大きく変わったのではないか?と、思います。それまでのキャノンさんの眼科機器には、キヤノンインクの、技術屋
としての強い意志(魂)のようなものが感じられました。それが、キャノン医療機器の、強烈な魅力であったと思います。
ところが、マーケティングジャパンに変わってからは、インクが引っ込んで、それこそマーケティングを中心に、機器の開発選定
が、行われたように思われます。まさに、「売れるかどうか?」です。逆の言い方をすれば、「売れなければ、消える。」です。
そうして様々な眼科機器や眼内レンズが、めまぐるしく新発売されましたが、その後短期間で、販売終了になりました。
以前のような、革新的ヒット商品は、出なくなりました。そうして、医療機器、特に眼科機器の、キヤノンマーケティングジャパン
内に於ける位置づけは、徐々に低下して行ったように思われるのです。(負のスパイラル?)
でもその間、医療機以外の、キヤノンの事務機器製品等の売上げは、多分絶好調だったのですよね?。
その後、キャノンさんの医療機器販売部門は、キャノンさんの買収した、エルクコーポレーション(旧西本産業)が社名を変えた、
「キヤノンライフケアソリューションズ(株)」に、移ることになり、営業スタッフも一新されました。
正直に申し上げて、キャノンさんの医療機器部門は、現在、苦境にあると思われます。しかしながら一方で、キヤノンさんの本体
は、東芝メディカルさんを買収するほど、絶好調な訳ですよね。 昔を知るものとして、現状に大きなギャップを感じてしまいます。
世界で最初に、無散瞳眼底カメラを開発発売したキャノンさんなのですから、小手先の変更ではなく、技術の積み重ねによって、
今一度、画期的な健診用の眼底カメラを開発して頂きたいと、本当に思いますね。それは多くの現場の声だと思いますが、、。
(※キヤノンさん、失礼な発言の数々を、深くお詫び申し上げます。)




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