眼底カメラと画像ファイリング

 眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。ブログの表示形式が、昔に戻って

しまいましたね。多分、掲載出来る写真が少ないからですね。スイマセン、、、。

  

 ウチのレンタル機の場合は、眼底カメラは、スタンドアローン(単体)での運用

なる訳ですが、最近の多くの施設での眼底カメラは、健診システムや電子カルテなど

との、PCネットワークに接続された運用の形態が、一般的になって来ています。

現在は、様々な検査機器が、コンピュータに接続されて、検査にはPC操作が必須業務になりつつある訳ですが、眼底カメラは、かなり初期の頃から、コンピュータとの接続が、試みられて来ました。どうしてそのような必要性があったのか? と申しますと、

実は、眼底写真の整理・保管・管理が大変だったから?、なんです!

全然、大した理由じゃあありませんね。でも、事実はそうだったのですよ。

時代は、1980年代末頃でした。今回は、その頃から始まったコンピュータ接続の経緯を。

  

その頃の眼底写真は、35mmフィルム写真かポラロイド写真でしたが、病院で大量の写真や

フィルムの整理保管・管理と申しますと、紙カルテに写真を貼りつけたり、写真に患者名や

ID番号を書き込んだり、カルテとひも付けしたりする作業が、スタッフさんの仕事でした。

何せ、紙とフィルムの束でしたからねえ。長期保管で、劣化してしまったりもしてました。

その頃の眼底カメラには、データカードスロットと言って、患者名とかIDとかを手書きした

細いカードを差し込んで、眼底写真と一緒に、その文字を写し込ませる機能がありましたね。

大量の写真の整理を、少しでも簡単にするための工夫だったんですね。特に大学病院などの

大規模病院で、この問題は深刻でした。(蛍光眼底など、大量に眼底撮影しますからねえ。)

そして、同様の問題は、X線写真やエコー内視鏡写真の分野でも問題化していて、果ては紙カルテ

そのものの保管管理の問題にまで、広まって行ったのです。⇒で、こちらは、PACS、電カルへ?

どちらも整理・保管の問題でしたので、コンピュータ化の目標は、「ペーパーレス」でしたね。

 

現在は、接続機器の統合が進んで来ていますが、当時は、検査機器ごとに別々に、接続の取り組み

が行われました。眼底カメラでも、当時開発されて間もない、PCを活用した写真画像管理が、試み

られるようになりまして、トプコン!という会社が、IMAGEnetという眼底写真画像のファイリング

システムを発表したのが、80年代末のことでした。眼科用電子カルテシステムに発展する、前段階的

システムとでも言えましょうか。まあしかし当時のIMAGEnetって、PCもモニターも、金額も全て、

とても図体の大きい巨大システムでしたね。でも日本のトプコンさん、当時はかなり先駆的開発者

だったのです。もちろん、放射線機器会社やエコー・内視鏡会社も同様に、画像ファイリングシステム

の開発に挑戦していました。こちらはその後、PACSという名称に統合して行きます。

 

で、1990年代に入り、大量の眼底写真の整理・保管に困っていた、全国の大学病院等を中心として、

画像ファイリングシステムは、徐々に普及し始めました。写真は、比較的初期のIMAGEnetの表示画面

ですが、今見ると、当たり前の、そんな大した画面という感じはしないですよね? 

でも当時は、画期的便利さだったんです。だって眼底写真がテレビ?で見れて、日付や名前やID番号も

ちゃんと付いていて、サクサク何枚も見れて、PCに保管も出来るのですから、、、。まるで夢のよう?

 

でも、このように、眼底写真が簡単に、コンピュータに取り込めるようになるためには、眼底カメラの

方も、コンピュータの方も、双方色々と、変わらなければならなかったのです。

(次回へ続く)