眼底撮影で判る? 白内障Ⅲ

 健診用眼底カメラレンタルの眼底メディカルです。いつもこのようなブログをご覧頂き、

誠に恐縮でございます。

 

何故か、白内障のお話しをしております。現在の白内障手術の流れは、1980年代に始まった

ということで、前回のブログでは、手術装置のお話しをさせて頂いた訳ですが、白内障の

手術で、手術装置とセットで普及したのが、写真の眼内レンズです。ちょいと以前は、人工

水晶体とも言われておりました。今では白内障手術と言えば、この眼内レンズを入れること

ですが、まだ眼内レンズが無かった昔は、濁った水晶体を、全摘手術で取り除いた後は、

分厚いガラスレンズのメガネをかけるのが一般的でした。

当時の表現では、牛乳瓶の底のようなレンズと、よく言われていましたけど、今の若い方は、牛乳瓶も判らないですよね? メガネも重くて、焦点も合いずらく、術後は大変不便だった

ようです。これって、そんなに大昔のことではなく、1980年代のことですよ。

 

私が眼科機器業界に入った頃ようやく、米国より来た超音波白内障手術が始まった頃なのですが、

眼内レンズは、まだありませんでした、と言うか、本当はあったのですが、日本の多くの施設では、まだ

使えなかったのです。何故なら、厚生省の薬事承認(輸入販売許可)が、当時はまだ無かったからです。

それでも、ごく一部の先生だけは、眼内レンズ移植を行っていました。どうして使えたのか、ですか? 

それは、医師免許で、直接輸入をしていたからです。薬事承認が下りていない未承認の医療機器でも、

医師の判断で、個人輸入が出来るのです。この方法で、一部の先進的な先生は、超音波白内障手術と、

眼内レンズ挿入術を、実施し始めていたのでした。この頃の顕微鏡手術研究会、眼内レンズ研究会の

先生方が中心でしたが、今ではそれぞれ、全国学会になっていますね。

また当時は、手術を受ける患者さんも大変でしたね。薬事未承認ということは、健康保険適用外ということ

でしたからね、自費負担になってしまうのですよね。ですから当時は病院ごとに、眼内レンズ手術の料金が、

結構違っていましたね。って、あ!今も、多焦点眼内レンズにした場合は、そう、同じ状況ですね 、、、。

 

眼内レンズの薬事承認が下りたのは、1985年のことです。この年には、日本眼内レンズ学会も発足して、

まさに、眼内レンズ元年であったと思います。眼内レンズは、一挙に、日本全国に普及して行った訳です。

この頃の主流レンズは、前房レンズがようやく後房レンズになり、PMMA製光学部の3ピースレンズでしたね。

まだ折りたたみレンズは無く、最初は、空気注入眼に、ガスキン鑷子というピンセットでレンズを挿入して

いましたが、少しして、ヒーロン(粘弾性物質)が出て来て、レンズ挿入時の安全性が高まりました。

レンズの固定位置は、サルカス固定か?、バック内固定か?とか、当時の学会では議論されておりましたね。

 

と言う訳で、眼内レンズは、一挙に全国に普及したのですが、セットであるハズの超音波白内障手術装置は、高額!

ということもあって、簡単には導入出来ませんでした。しかし、そんな施設でも眼内レンズ手術はやりたい、という

ことで、当時流行した術式が、計画的嚢外法(P-ECCE)という術式でした。(そんなお話しを次回に。)