健診用眼底カメラの操作者と設置場所が色々で、、、Ⅱ

 眼底カメラの無償レンタルを始めました、眼底メディカルです。いつもブログを

ご覧頂き、有難うございます。今回のお話しは、無散瞳眼底カメラだけ、他の検査

機器と比べて、操作資格者や設置場所が様々ではないか? という話題の続きです。

 

実は、私が眼底カメラを扱い始めた30年以上前から、どうして看護師さんが眼底

カメラを操作されるのだろう?と、ずっと思っておりました。何故なら、納入の

ご説明の際、当時は、眼底カメラのことを、あまりご存知無かったからなのです。

きれいな眼底写真が撮れるようになるまで、操作説明は結構大変でしたね。

もちろん現在でも、初めて眼底カメラに触れるスタッフさんは、ご説明大変です

けれど、、。特に当時は、眼底カメラ自体を、あまりご存知なかったのです。

このあたりの事情には、無散瞳眼底カメラの普及の歴史に、関係がありそうなのです。

    

眼底カメラそのものは、1956年に、ドイツのカールツァイス社(東・西)で、開発

されたそうですが、無論、私はまだ存じ上げません。

ただ、この当時の眼底カメラは、以前のブログでもたびたび登場した、散瞳剤を点眼する、

散瞳型眼底カメラ(眼科専用眼底カメラ)でした。 日本には、1960年代頃から、国内の眼科に

普及が始まったそうですが、あっという間に眼底カメラは、全国の眼科に普及したそうです。

現在の、キヤノン、トプコン、興和さんだけではなく、ニコン、オリンパス、コーナンカメラ等も、当時は、

眼底カメラを発売しておりましたです。※ニコンの後期の「レチナパン」は、私も販売したことがあります。

写真は、ネットで見つけましたが、トプコンの初期型眼底カメラだと思います。もちろん私は、存じ上げません。

右側に大きい電源トランスのような箱が見えるので、フラッシュを焚く眼底カメラであろうと、判断した次第です。

ただ、この対物レンズの大きさですと、撮影画角は、20度ぐらいじゃあないですかねえ?

間違っていましたら、申し訳ございません。 ※どなたかご存知の方、お教え下さい。

多分当時は、現在のOCT装置のような、最新鋭診断機器、という位置状況だったのでしょうね。

余談ですが、この頃の眼底カメラ操作をされていた眼科の技師さんは、ORTという名称ではなく、

フォトグラファーという、ちょっとかっこいい名称で、当時は、呼ばれていたと思います。(私の記憶です。)

 

でその後、健診用の無散瞳眼底カメラが開発・発表されたのが、1976年のことでした。日本のキヤノンが

最初でした。散瞳剤を点眼せず、赤外光で眼底を照明して、白黒TVモニターで眼底を観察しながらピントを

合わせて、シャッターを切るという、現在まで続く、眼底撮影方式ですね。

最初は、35mmカメラフィルムでの記録だったのですが、すぐにポラロイドフィルム記録に変わりまして、

「これはすごい、集団健診に使える!」ということで、医学界でも大ブームが巻き起こり(巻き起こし?)、

トプコン、興和からも相次いで、無散瞳眼底カメラが発売されることになりました。1980年代初頭のことです。

※当時、順天堂大学眼科の中島章教授のご尽力が、大変大きかったと思いますが、眼底健診のターゲット疾患は、

 糖尿病ではなく、高血圧・脳卒中だったようです。

この頃私も、眼科機器の仕事に携わるようになったのです。無散瞳眼底カメラが、いよいよ、全国的に普及して

行くことになります。(次回に続くです。)